【本屋大賞ノミネート!】『コーヒーが冷めないうちに』第1回 小説を書くのが初めての人の本が、どうしてベストセラーになったのか?

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『コーヒーが冷めないうちに』が本屋大賞にノミネートされました。
実はこの本、編集を手掛けたのは『本日、校了!』のメンバーでもある池田るり子さん。
この本の作家でもある川口俊和さんは、小説を書くのは初めてだそうです。
それだけでも驚きなのに、なんと池田さんも、小説の編集は初とのこと。
そんな初めて尽くしの小説が、どうして43万部のベストセラーになったのか。
池田さんにこの本がどうして誕生したのか、どうして売れる本になったのかを徹底インタビュー。
第1回の今日は、「企画を立てるまで」を聞いてみます。
どうぞご覧ください。

第1回 小説を書くのが初めての人の本が、どうしてベストセラーになったのか?
第2回 小説の編集で知っておくべきなのは「ジャンル」と「キャラクター」
第3回 売るために「販促チーム」をつくった
第4回 オビに入れるのは「ジャンル」と「共感」

売れる「小説の企画」ってどうやって立てたの?

中野

 本屋大賞ノミネート、おめでとうございます!

池田

 ありがとうございます! すっごく嬉しいよ〜。

中野

 この本って、るり子ちゃんが初めてつくった小説なんだよね。

池田

 そうそう。著者の川口さんも小説を書くのは初めてで、すべてが手さぐりだったよ。

中野

 すごいなあ。それが今40万部だもんね。去年1年中、どこの本屋さんでも大展開で、ずっとパブラインとかトリプルウィンのデータの上位で見つづけたよ。
今日は、この本がどうやってこんなに売れる本になったか、編集が一体なにをやったのか聞いてみたいと思います。
この本は、もともと舞台なんだよね?

池田

 そう、この本は『コーヒーが冷めないうちに』っていう舞台を書籍化してもらったんだ。川口さんは、脚本と演出をやっていたの。

中野

 有名な舞台だったの?

池田

 大きな劇場で何か月もやっているような、「演劇界超注目!!」とかではなかったよ。でも、役者さんの中では、「この作品のためならどんなスケジュールでも空けます!」という人もいたみたい。
私はたまたま友達に誘われて、チラシを見ておもしろそうだなと思って、見に行くことにしたんだ。

中野

 へえ、そのチラシにはなんて書いてあったの? この本のオビみたいなこと?

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池田

 プロローグに入っている、「過去に戻れる喫茶店があった。でもそこにはめんどくさいルールがあって……」って内容が書いてあったよ。

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池田

 それで、舞台見てめっちゃ泣いたんだ。感激して、舞台が終わったあと、川口さんを呼んでもらって、「これを小説にしませんか?」って言ったの。

中野

 えっ、その場で? 即断だったの!?

池田

 即断だった。

中野

 ちなみに、舞台って、この本と同じ話なんだよね? 見てる間って、やっぱりみんな泣いてたの?

池田

 みんな泣いてたと思うけど、私はとりわけ号泣してたと思う。一緒に行った友達がちょっと引いてた。

中野

 ちなみに、泣いたのってどの話?

池田

 全部泣いたけど、いちばん泣いたのは『姉妹』の話かなあ。

本にしようと思ったのは「共感する人が多いだろう」と思ったから

中野

 たしかにあれは、兄妹がいる人には胸に来るよね。それで、その場で「本にしませんか?」って聞いたのか。るり子ちゃんって、企画立てるとき即断タイプ?

池田

 即断することが多いな。

中野

 どういうところ見て決めたの?

池田

 まず、この本で言うと、すごく共感できたところ。どの話でも泣いたし、まわりの人も泣いてたし、誰もが圧倒的に共感するような力があったから。『親子』とか『兄妹』とか、「誰もが、自分に置き換えて読める」ような物語だと思った。

中野

 たしかに、この話には、すごいパワーを感じる。

池田

 前にうちの会社のミリオン編集者の先輩に聞いたんだけど、「多くの人の、“個人的な”本になる」っていうのがヒットの秘訣らしいの。この物語は、それにあたるんじゃないかなって思ったかな。とはいえ、その時は号泣して感動してただけだけどね(笑)

中野

 「多くの人の“個人的”な本になる」かあ。ほかにはポイントってある?

池田

 私、子どもの頃から、1年に2、300冊くらい小説を読んでるんだ。それで他の本と比較して考えてみたんだけど、この本は、「王道は外してないけど、他にはない」物語なんじゃないかな。

中野

 どういうこと?

池田

 小説には、ミステリとか恋愛とかっていういくつかのジャンルがあって、もっと細かく分けると、タイムスリップものとか、オフィスものとかがあるでしょう?
これも、「タイムスリップ」っていう人気のジャンルなんだけど、多くのタイムスリップものは「過去で何かすると、現実が変わる」っていう設定なの。

中野

 たしかに! 名作の「バックトゥザフューチャー」でも、過去に行って、大切な人を死なせないためにがんばってたよね。

池田

 そうそう。でもこの本は、「過去には帰れるけど、現実は変えられない」っていうふうに、王道から少しだけ、ずれてるの。

中野

 まさしく、るりこちゃんの上司の黒川さんが言う、「棚のジャンルを知る」(【ヒットメーカーに会ってみた!】 黒川精一さん第1回「一生懸命につくった本が売れない」っていう事態を減らす方法を教えてください!」 )だね。

池田

 ほんとだ! 知らないうちに実践してた(笑)ジャンルって大事だね。

中野

 小説って、実は実用書のやり方と似てるんだね……! 小説にもジャンルがあるって、知らなかった。たしかにこれ、ドラマの「カルテット」みたいな密室劇でもあるもんね。同じ部屋で、同じキャラクターで。それにしても、御社みたいに小説を出さない出版社で、よく企画出そうと思ったね。

池田

 うちの会社には「編集者特権」っていうのがあって、1年に1冊、企画会議に落ちても、どうしても編集者がやりたかったらなんでも出せるの。もしだめでも、それで出せばいいと思ってたから、「出しませんか?」って聞くことに躊躇はなかったよ。

中野

 サンマーク名物「編集者特権」ね! これって、本当に何でも出せるの?

池田

 出せるよ。でも、使ってる人は少ないけどね。

中野

 これで出したものって、売れる確率高いの?

池田

 どうだろ……、そんなに高くないかな?

中野

 高くないんだ(笑)。でも、編集者がめっちゃやりたいと思ったら、クオリティ高い本はできるよね! しかし、企画会議に出さなくても本作れるってすごいな……。

池田

 え、でもうちはそもそも、企画会議は出さなくてもいいよ。

中野

 ? どういうこと?

池田

 企画を思いついたら、上司に企画書を見せて、OK出たら本つくっていいんだ。

中野

 なんと! でもそれって上司にもよるよね……(いろいろ頭をよぎる)。

池田

 「いい企画は、箸袋の裏に書いてあってもいい」ってよく言われる。企画会議を待つより、すぐにとりかかれ! と。これって変わってるの?

中野

 変わってると思うな。「企画会議」は出版社が最重要視するものだと思ってた。御社は個人の裁量が大きいんだね。

池田

 そうだね。でも、小説って原稿がないとなにもできないから、舞台を見てから企画を出すまでに、3年くらいかかったかな。

中野

 3年も! これも編集がよく悩むところだけど、その3年の間ってどうしてたの? 「1か月に一度くらい連絡しよう」とか決めてる?

池田

 じつは、いきなり小説を書いてもらうなんてお願いがハードルが高すぎて、連絡をとらなくなった時期もあったの。でもある日突然、川口さんが「もしまだ池田さんがいいというなら、書かせてもらいたい」っていうメールをくれたの。それで、またそこから本格的に執筆を開始したっていう経緯もあったよ。

中野

 3年間待ってるってすごいね。いつも、そんなに「やりたい!」って気持ちがあるの?

池田

 そうだね、けっこう情熱的なほうだと思う。「人生ごとお預かりします!」みたいな気持ちでやってる。

中野

 他にも本になるまで長くかかったことある? その間どうやって連絡とってるの?

池田

 本ができたら送ったりしているよ。あと、ちょっとしたはがきを書いたりとか。お誕生日カードとか、好きだと言っていたものを見つけたら送ったりとかもするかなあ。

中野

 なるほど、相手の負担にならないような自然なタイミングで!

池田

 むこうが連絡をとろうかなと思ったときに、できるだけとりづらくないようにししたいなって思う。私達だって、待たせている人に連絡取るのってすごくいやでしょ。できるだけそのハードルを下げられたらなって思ってるよ。

中野

 気づかいだね。勉強になります。それで、原稿の執筆はどうやってやったの?

池田

 まず、最初に脚本がそのまま送られてきたの。それで、セリフに肉づけしていってもらったよ。

中野

 それ、私の好きなマンガ家の人も、まず脚本書いてからマンガにしてるって言ってた! (『総特集 諸星大二郎 異界と俗世の狭間から』)

池田

 そうなんだー!! その話、先に知りたかったな〜。私たちは本当に初めてで手探りだから、やり方もわからなくってさ。川口さんは脚本家で、べつに小説を書きたいって思っていたわけでもないから、たくさん本を読んだりして、勉強しながら書いてくれたんだよね。

中野

 慣れない執筆、すごく大変だっただろうね〜。でも、会社として小説を売ることにも慣れてるわけじゃないよね?

池田

 そうだね。『「また、必ず会おう」と誰もが言った。』みたいな、ビジネス自己啓発小説でのヒットはあるんだけど、純粋な文芸書には慣れていないよ。

中野

 いきなりやるにはハードルが高いよね。でも、売れる本って、みんなに反対される企画が多いよね。

池田

 うんうん。でも、売れるかどうかって、出してみないとほんとうに分からないよね。どんなベテラン編集者でもそう言うんだから、きっと、どんなに経験を積んでもそうなんだと思う。というか、そう思わないと編集者つづけられないよね〜。「ぜったい売れる!」なんて思えないもん(笑)

中野

 本当に、リスクかなと思っても、やっていかないとだよね。私も忘れないように見習うよ!! ちなみに、出した企画書ってどんなんだったの?

池田

 これだよ〜

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中野

 めっちゃ簡単!

池田

 えっ、でもこれ以外に書きようある?

中野

 いや、うちの企画書って最低5枚はあるからさ……10枚とか普通だから。しかし、類書データもないのね……? この内容のところ、本と変わらないね。

池田

 そうなんだ! うちはさっきも言ったとおり、企画書は箸袋の裏でもいいって言われていて、「仮タイトルと著者さえよければOK」だよ〜。黒川さんの企画書は「手描きのカバー」だし(笑)

中野

 会社によってぜんぜん違うんだね……! ところで『コーヒーが冷めないうちに』は、目標部数ってあったの?

池田

 目標は3刷だったよ。3刷まで行くと、著者の川口さんとも「書いてもらって本当によかった! 売れてよかった!」って喜び合えるし、会社からも2作目を出していいって言われるかなあと思って。だからなんとか3刷になればなあという気持ちで作りました。

中野

 新ジャンルに乗り出すときに、3刷いきたい気持ちすごく分かるよ! それができれば後がつながるもんね。それが43万部になったって、本当にすごいなあ。

(次回『第2回 小説の編集で知っておくべきなのは「ジャンル」と「キャラクター」』へと続きます!)

この記事を書いた人

中野亜海
編集者
愛媛県出身。読んだ人が「きゃー! やりたーい!」となる本をつくりたいと思っています。メイクから世界遺産まで何でもつくってます。趣味は三味線と江戸時代。尊敬する人は保科正之。