買ったときは、読もうと思ってた。そう、読む気まんまんだったあの本。
なのになぜ、まだタイトルしか知らないんだろう。
見かけるたびに「読もう」と思う。全然まだ、読むつもりでいる。
誰かが「あの本読んだよ」とタイトルをあげたとき、「あっ、買ったけどまだ読んでない」と、謎のアピールをしてしまう。そんな愛すべき積ん読本から、その人のパーソナリティーを知りたいな。
というわけで、気になるあの人の「積ん読」在庫を見せてもらうことにしました。今回は、編集者の高橋和記さん。半年で20万部を超えるヒットを収め流行語にもなった『下流老人』、芸能界最強占い師ゲッターズ飯田さん(シリーズ57万部)を始め、綾小路きみまろさん、オリンピック、皇室、社会学、会計、歴史、実用などを、ジャンル無節操に数多く手がけられています。
そんな高橋さん、奥様と暮らす鎌倉のご自宅に、大量の本が所蔵されていると聞きつけ、取材に伺いました。
では、あなたの積ん読、見せてください。
谷
お邪魔しまーす。
こちらが、本のお部屋。
高橋
そうです。クーラーないんで、3分でお願いします。
(この日は猛暑日でした)
谷
は、はい……。
たしかに暑い(汗)
しかしすごい! この所蔵量!
高橋
まだ箱から出せてないのもあるんです。
谷
積ん読ならぬ、「積ん箱」まであるなんて。
本物じゃないですか。
高橋さんが読書家だという情報は仕入れてましたけど、まさかここまでとは。
高橋
引っ越しのとき断腸の思いで捨てたんですけどね……。
あ、これ、さっそくですけど、積ん読です。
谷
本当に積んである!
あっ、ここにも発見。
高橋
暑いので、そろそろリビングに戻りましょう……。
谷
わかりました。あっ、階段にもある!
高橋
そ、そこも撮るんですか……?
谷
あ、リビングの隅っこにもある!
すごい、いたるところに本がありますね。さすが読書家。
高橋
それも撮るの……?
谷
(無視して)
じゃあ、この積ん読本からお聞きしたいと思います。
『スリップの技法』。これ、私も買いました。書店員さんが書かれているんですよね。
高橋
この本、じつは2冊買ってたんですよ。
谷
2冊!?
あ、ほんとだ。もう1冊ある!
高橋
買ったことを覚えてなかったんですよね。
谷
ちなみに、2冊目はいつ買ったんですか?
高橋
1冊目を買った半年後くらいだと思います。
谷
それは、よっぽど読みたいって気持ちが強かったってことですね?
高橋
はい、でも読んでないんですね。
谷
ど、どういう内容を期待して買ったんですか?
高橋
やっぱり出版の仕事をしているから、書店員さんがどういうふうに、どんな思いで仕事されてるのか知りたいなと思って。スリップの技法というタイトルなので「この本はこれがよかったから発注した」みたいな話が書いてあるのかな、と思ったんです。
谷
たしかに! 編集者なら、それは知りたいですよね。
ちなみに……まだ読んでない理由は何ですか?
高橋
字が、多いんだよね。
谷
……本は、全部そう!
高橋
読もうとはするんですけどね……。
谷
ちょっと突っ込んじゃいましたけど、じつはちょっとわかります。
「字が多い」って、本開いたときに思っちゃうこと、ありますよね。
「これ全部読み切れるかなあ」という不安がよぎるというか。
ま、そのお話はあとでゆっくりするとして、じゃあさっきの、階段にあったあの本は……?
あれこそ、字が多そうですけど。
高橋
これは……『兵士というもの』ですね。
なんで階段にあったんだろう。
谷
なんで階段にあったのか……。
わかったら、その所在の謎もぜひ教えていただきたいんですけど、
そもそも、なんでこの本を買おうと思ったんですか?
高橋
忘れましたが、たぶん新聞かネットの書評を見て、おもしろそうだったんですよ。
谷
へええ! どのへんで「おもしろそう」って思ったんですか?
高橋
これ、隠し録りなんですよ。
谷
かくしどり?
高橋
アンケートや統計を用いた量的調査と違って、フィールドワークとかの質的な社会調査って、インタビュー形式が多いんですよ。
でも、インタビューで調べるのには限界があるっていう発想なんですよね。
谷
すみません、えっと……社会調査ってどういうことですか?
高橋
たとえば、アマゾンの奥地のほうに行って、先住民の人に話を聞くとします。すると先住民たちは「あなたたち、私たちにこういうこと言ってほしいんでしょ?」というスタンスで話すらしいんです。
こっちは本音を聞きたいのに、インタビューだと相手との関係性のなかで話をしますし、聞かれている自分を客観視したりしてしまう。「取材対象者のプロ」という感じというか、どうしたってバイアスがかかっちゃう……。
谷
そっか、かまえちゃう感じなんですね。
高橋
そうですね。たとえば兵士にインタビューで「人を殺すときどんな気持ちでしたか?」とたずねます。それに対して彼らが「心が痛んだ」と答えたとします。でも、それはインタビューの答えでしかなくて、裏ではもっと別の本音があるかもしれない。
……っていうようなことが書かれてるんじゃないかなと。
谷
書かれてるんじゃないかなと(笑)
高橋
全然違うかもしれないけど(笑)
谷
違うかもしれないけど、買ったときには、それを期待したってことですよね。
でも、今の話聞いたら、もう「この本、読んだのかな?」って感じしましたよ。この企画じゃなかったら、「高橋さん、こんなむずかしそうな本、読んだんだ!」って尊敬のまなざしになるところでした。
高橋
尊敬してください(笑)
谷
でも、読んでないってことですよね。
高橋
はい、1ページも読んでいません。やっぱり、字が多いですから。
谷
字が……多い!
高橋
わかります。本ですからね。当たり前ですよね。というか、この重たいテーマの本が、薄くて行間もスカスカだったら逆に、買わないと思います。
谷
そうですよね……。重いからこそ買ったんですもんね。
字が多い問題については、一度ちゃんと考えてみたいと思ってたんですけど、今のところ読んでいない理由1位が、本のアイデンティティにかかわる部分ですね。
谷
じゃあ高橋さんが、この積ん読の中でいちばん読んでみたい本ってどれですか?
高橋
うーん、どれも読みたいんですけど、ベスト・オブ積ん読はこれですね。
『読んでない本について堂々と語る方法』
谷
『読んでない本について堂々と語る方法』!
高橋
読んでない本について語る方法の本を買ったのに、読んでないっていう。
谷
なんと逆説的な……。
これは、なぜ買ったんですか?
高橋
誰もが読んでない本っていっぱいあるじゃないですか。でも、長い人生生きていくと、それについて「ああ〜あれね!」って言わなきゃいけない瞬間ってあるじゃないですか。
谷
あ、あるんですか……?
高橋
あります。たとえば僕は大学で社会学を専攻していたのですが、教授とかと話してて「読んでて当たり前」みたいな本ってあったんですよ。デュルケムの『自殺論』とか、ウェーバーの『プロテスタンティズムのなんとか』とか。
谷
それは……「読みたい本」ではなくて、「読まなきゃいけない本」ってことですか?
高橋
そうですね。しかも編集の仕事をしていると、そのジャンルの必読書ってあるじゃないですか? 谷さんもわかると思いますが、料理書ならコレ、児童書ならコレっていうのが。
谷
あー、ありますあります。取材中とかに話題に出てくる本とか。名著系が多いかも。
高橋
はい。で、ちょっと義務感で買った本って、読むモチベーションが上がらないじゃないですか。だから、読んでなくても堂々と「はいはい」って言うために、この本は役立つんじゃないかと思って買ったんです、10年くらい前に。
谷
10年前!
これ、10年間ものあいだ積ん読だったんですね。苔は生えてないでしょうか。
高橋
そうそう、その間に文庫が出たんで、文庫も買おうかなと思ったんですけど。
谷
え、文庫も買おうと思ったんですか! 家にあるってわかってるのに?
高橋
だって、文庫って軽いじゃないですか。
軽いと読むかなと思って。
谷
その見立て!
高橋
当時、よっぽど知ったかぶりをバレないようにしようっていう欲があったのかな……。
高橋さんの「軽いと読むかなと思って」に爆笑した私でしたが、待てよ、自分も同じようなことあったぞ……とあとから思い出しました。
単行本が出たときに「これは読むのしんどい」と思ったけれど、文庫になったら買っちゃった。よく考えたら文章量は同じなのに。
本も物質だから、形状のライトさって「読めるかも」という期待感につながるのかもしれない。
「字の多さ」っていう物理的なハードルを超えるには、物理的な「軽さ」「小ささ」が重要。
まあ、当たり前っちゃ当たり前か……。次回は……
10年間のときを経てついに『読んでいない本について堂々と語る方法』を読んだ高橋さん!
いったいどんな感想を?
そして、「なぜ積ん読は生まれるのか」についての考察までしていただきました。
【あなたの「積ん読」見せてください】[目次] |
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【あなたの「積ん読」見せてください】vol.1 コレクター気質の音楽好き編集者、高橋和記さんの積ん読 |
【あなたの「積ん読」見せてください】vol.2 なぜ、積ん読は生まれるのか? を分析してみた |
【あなたの「積ん読」見せてください】vol.3 「字」が買う決め手になったけど、字のせいで積ん読 |
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