ものすごい本に出会ってしまいました。
『休日が楽しみになる昼ごはん』。
読者として読みながら「わー、おいしそう、これつくってみよう♪」なんて思っていたのはつかの間。編集者として「こ、こ、この本、どうやってつくるの…?」という疑問がむくむくとわいてきました。
まず、1枚目の写真を見てほしいんです。
この本をつくる手順がひと目でわかる編集者の人がいたら、連絡ください。
高級レストランとかでおごります。
ええ、強気です。だって、たぶんいないと思うもん。どうやってつくるのか、聞きたい…!と思ったら、
なんとこの本をつくったのは、校了メンバーの谷綾子さんではないですか。
こんな偶然、あるんですね。(舞の海風に)
というわけで…こんな本、どうやってつくるの!?
どんな順番で?
どんな発想法で?
どういうスタッフさんで?を、ぜんぶ聞いてきました!!!!
池田
本ができるまでの台割(本の設計図のようなもの。もくじなど)やラフ(手書きの素案のようなもの)を
順番に並べていただきました!
谷
うん、汚くて恥ずかしいけれど……。
企画が固まったら、まずは、台割とラフをつくります。ここは、何度も練り直すところです。
1)台割をつくる
池田
何回くらいやり直したんですか?
谷
えっとね、今回は、8回くらいかなあ。
池田
す、すごい! つくりこみがすごい。
谷
迷いが多いんだよね……。でも、構成を考えるのは楽しいです。
池田
あっ、こまかい質問だけれど、ページ数はどうやって決めるの?
谷
この本は、シリーズの前作に『一日がしあわせになる朝ごはん』というのがあったので、それにそろえています。
『朝ごはん』のときは、「夜寝る前に読む朝ごはんの本」というコンセプトだったので、
ベッドとかソファでごろごろ読むとすると、ムックサイズだと大きすぎる。
でも四六判や新書サイズだと、情報量が入れられないし写真が小さくなってしまうので、A5版にしました。
あとは入れたい項目を洗い出して、原価と相談した後、128ページ、フルカラーに決めました。
池田
なるほど。もくじを決めるときは、何から決めるの?
谷
だいたい「こんなメニュー入ってたらいいな」っていうのを挙げてみて、そのあと章立てを考えます。
今回は、麺、米、パンをそれぞれひとくくりにしました。
池田
それはどうして?
谷
「きょうのお昼、何食べようかな~?」ってとき、何から考える?
池田
うーん。「麺がいいかなー」とか「パンの気分だなー」とかかな?
谷
そうだよね! まずは「主食」から考える、と思って。朝ごはんを食べる人なら、
「朝はパンだったから、昼は麺にしよう」って思考回路になるじゃない?
だから主食で区切った章立てにしました。
それから定食とか、そのくくりに入れられなかったけどおもしろいメニューを、別の章にまとめました。
池田
章の順番はどうやって決めたの?
谷
これはね、最初は「パン」を1章にしてたんだよね。
でも、まわりの人にも聞いて、休日の昼ごはんって「麺」のことが多いんじゃないかと思ったの。
あと、パンや米は朝でも食べるけど、麺ってあんまり朝から食べないよね。
朝より、夜より、昼ごはんっぽい代表食材が麺だと思って。
だから、麺からはじめるように変えました。
池田
よくやるほう、身近なほうを前にするってこと?
ついつい、驚きがあるようにとかお得なように、やったことないものを前に載せたくならない?
谷
わたしもそうなんだけど、パッと見たときに「これ、わたしのための本だ」って思わないと、買わないよね。
だから、「ふだん自分がやっていることに似ているけど、ちょっと変えるとこんなことできるんだ」みたいな、
「現実的な驚き」を最初に持ってくるかなあ。
池田
やれそうだけど、やったことなくて、食べたい! って思わせるってことだね。
たしかに、この本の最初にある「釜玉うどん」にめっちゃ惹かれたの。
家で作ったことなかったけど、作れるなら作ってみたいし、作れそうだった。
谷
そうなんだよね! 釜玉うどん、外ではけっこう食べるのに、家では意外と作らないなーと思って。
池田
私、谷さんの思うつぼだ……。あとさ、バターと明太子っていうのもずるい。
谷
これは、先生に「釜玉明太バターうどん」を入れたいって、具体的にお願いしました。
このレシピは象徴的で、
「朝でも夜でもなく、昼ごはんだからこそつくりたい」って思うものをたくさん入れたいなと思って。
池田
たしかに、「昼ごはんしか食べないもの」ってあるよね!
いま、具体的なメニュー名を出したって言っていたけど、メニューは自分で決めるの?
谷
わたしから考えて相談するものと、先生から出していただくものがあります。
今回は、類書がほぼなかったので、
読者の頭の中に散らばってる「休日のお昼に食べるもの」を整理した「基本書」にもしたいと思ってました。
昼ごはんって、そもそもどんな選択肢があるのかが漠然としてるじゃないですか。
漠然としてるものって、散らかってる部屋みたいで、整理するのがめんどくさい。
だから、なるべく網羅してこの本で整理したくて、
麺でいえば「うどん、パスタ、ラーメン、そうめん、そば、やきそばを全部入れましょう」という方針で進めていました。
池田
この時点では、レシピまで考えてもらうのではなく、メニュー名だけでやりとりするの?
谷
うん、メニュー名だけでやりとりしてるよ。台割持ってスーパーをうろついたりしながら、ベストなメニューを考えます。
池田
「基本書」ってなると、すごく普通のものが出てきてしまう場合もあると思うんだけど、
メニューを決めるときに気をつけたことはありますか?
谷
「定番+1歩」、っていうメニューにすることかな。
あんまり遠すぎると「これ作ろう」って気持ちにまで至らないから、
ちょうどいい好奇心がわいてきて「これ、今度絶対作る」と感じるメニューにする。
たとえば、うどんはみんなよく食べてるから、多めにバリエーションを載せたいなと思ったけど、
鍋で煮込むと洗い物も増えてめんどくさいでしょ。
だから「ぶっかけ味バリエ-ション」を入れようと決めました。
先生には、ぶっかけるだけでいいものを4種類ください、ってお願いします。
池田
めっちゃ具体的に依頼するんだね!
谷
うん、そんなふうに具体的にお願いすることもあれば、
「まな板使いたくないんですよねー」ってざっくり相談することもあります。
そしたら、「麻婆豆腐丼がいいんじゃない?」っていう案が先生から上がってきました。
池田
ああ! 豆腐は手の上で切ればいいし、ひき肉だから肉も切らなくていいし!
谷
そうそう! なんなら、豆腐はフライパンの中で崩せばいい。
池田
なるほどすぎる……。
そして、ここまででも、かなりやりとりや工夫がされているけど、まだメニューづくりの段階や…!
台割をつくるときに、ほかに気をつけていることってありますか?
谷
みんな考えてると思うけど、リズムは大切にしています。
どんな要素を入れるか、どんなヴィジュアルにするのか、それがパラパラめくったときどうなるのか。
この本に関しては、全ページでレイアウトを変えているけれど、いちおうこのP64が基本のフォーマットなんです。
右ページには、完成写真と文章、左ページにレシピと企画コーナー。これがすべてのメニューにくり返されています。
池田
完成写真と説明、レシピ、企画。
谷さんは、適当にはつくっていなさそう……それぞれ、なにかねらいがあるんですか?
谷
えっとね、すごいねらっているように見えて、完全に後付けなんだよね。
正直「ああでもないこうでもない」って迷いながら作ってたら、こういう形になった、って感じなの。
でも、自分でシリーズ1冊目をながめているときに
「あっ、このたくさんの要素”まじめ”と”ふまじめ”にわかれてる!」ってことに気づいたんです。
池田
「まじめ」と「ふまじめ」?
谷
そう、言うなれば、優等生とヤンキーやな。
池田
(なぜとつぜん関西弁に……?)
優等生とヤンキーとは、どういうこと?
谷
「まじめ」は、写真とレシピ。
「ふまじめ」は、文章とイラスト。
それぞれに、役割があるってことに気づいたんです。
池田
ふむふむ。
じゃあまず、「まじめ」から教えて。
谷
写真は、一瞬で「おいしそう!」を伝える役割です。
本能的に食欲を刺激して「食べたい」から「作ってみたい」につなげる機能。
校正者さんからも「ページから取り出して食べたいくらいおいしそう!」って言われたんだけど、ほんとおいしそうだよね(じゅるり)。
これはもう完全に、カメラマンさんの力。
神だよ。
池田
また神!
谷
そしてレシピは、「誰が作ってもおいしい」をかなえる役割です。
小田先生とスタッフさんが試作をくり返して、「おいしくなる根拠」とともに、かなり再現性の高いレシピができている。
この2つは、料理本の基本機能で、軸になるもの。
だから、まじめな存在です。
池田
うんうん。「まじめ」は、ふつうのレシピ本にもあるものだね。
じゃあ「ふまじめ」っていうのは?
谷
「ふまじめ」は、「正しさ」じゃなくて「楽しさ」を与えてくれる役割です。
イラストは自由な空気を出してくれる。
「情報」じゃなくて「気分」を具現化してくれるもの。
そして文章は「この料理を作る理由」を感じられる要素を入れるようにしてます。
「こんなコツがあるよ」「こういうふうにおいしいよ」「こんなシチュエーションにぴったりだよ」という内容が、楽しく伝わるようにしています。
池田
ああ、たしかに。ここに書いてある「2人で4把はペロリです」っていう文章で、食べたくなったもん!!!
谷
ほんと? これわたしの実体験なの。よかった!
この、レシピの下の部分……わたしは「企画コーナー」と呼んでいるんだけど、
ここの機能も「さらに、つくりたい気持ちを高める」ためのものです。
池田
えっ? それは、「説明」とは何が違うの?
谷
「説明」と何が違うのか……。
うーん、料理についての説明じゃなくて、その料理をつくるテンションが上がるための「広がり」を追加してる感じかなあ。
たとえば「クリームパスタ」というメニューが載っていたときに「今、クリーム味の気分じゃないんだよな」とか、「スープパスタだったらいいのに」とかって思うことがあるでしょ?
そんなときにここを見て、「あ、トマト味にできるんだ。だったらやってみようかな」とか、そういうふうに思ってもらえるようにしたいの。
とにかくとにかく、つくりたい気持ちになるきっかけを増やす。
池田
す、すごい……とにかくつくってほしいんだね。
私さ、恥ずかしながら、本のゴールは「売れる」ってところだと思ってたよ。
そうじゃなくて「作ってもらって、昼ごはんが豊かになる」をゴールにしているから、ここまで考えるんだね。
この「企画」の部分も、台割をつくる時に決めてるの?
谷
基本はメニューが決まってからだけど、思いつくものは台割の時点で決めてるよ。
池田
でもこの「企画」の部分って、どうやって考えてるの? 思いつく気がしないんだけど。
谷
えっとね……
(次回に続きます)
谷綾子さん『休日が楽しみになる昼ごはん』[目次] |
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【あの本のつくりかた、教えて!】谷綾子さん第1回「どうやってつくっているか想像すらできない本」 |
【あの本のつくりかた、教えて!】谷綾子さん第2回「台割とラフ、徹底検証!」 |
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