ものすごい本に出会ってしまいました。
『休日が楽しみになる昼ごはん』。
読者として読みながら「わー、おいしそう、これつくってみよう♪」なんて思っていたのはつかの間。編集者として「こ、こ、この本、どうやってつくるの…?」という疑問がむくむくとわいてきました。
まず、1枚目の写真を見てほしいんです。
この本をつくる手順がひと目でわかる編集者の人がいたら、連絡ください。
高級レストランとかでおごります。
ええ、強気です。だって、たぶんいないと思うもん。どうやってつくるのか、聞きたい…!と思ったら、
なんとこの本をつくったのは、校了メンバーの谷綾子さんではないですか。
こんな偶然、あるんですね。(舞の海風に)
というわけで…こんな本、どうやってつくるの!?
どんな順番で?
どんな発想法で?
どういうスタッフさんで?を、ぜんぶ聞いてきました!!!!
池田
この「企画」の部分って、どうやって考えてるの?
自分では、思いつく気がしないよ……。
谷
うーん。ラフを4回くらい書いてると、これだなっていうのが出てくるよ。
池田
ふあー! 天才の言うことだ! 黒川さんみたい!
谷
あかんあかん! 天才みたいなこと言ってしもたがな。
ちゃんと言語化しよう……。
えっと、基本的には、メインで紹介しているメニューを、別の視点でアピールしてるんだよね。
池田
別の視点?
谷
そうそう。たとえばそばのメニューなら、そばのゆで方についての知識を紹介したり……。
池田
うーん。つまり、「知識紹介」っていうこと?
谷
そういうわけでもなくって、全ページアプローチが違うんだよね。
メニューによって、何を入れるかが変わってくるの。
池田
料理によって?
谷
うん。「これ、作りたい」と思ってもらうために「この料理だったらどういうアプローチがいいかな?」
ってのを考えて決めてるんだけど、たとえば「釜玉うどん」だったら、「作ったことない」けど「ふつうじゃん」ってちょっと思うでしょ?
だから「企画」のところで「きしめんに変えてみる」「稲庭うどんに変えてみる」という提案をしたら
「どういう味になるのかな?」って興味がわくなと思って。
池田
あ、なるほど!!
そしたら「これは知ってるし、テンションあがらないなー」っていう気持ちになるのを
防ぐことができるんだ!!!
谷
そう、そう!
バリエーションを提案することが多いかもね。わたしが知りたいから。
あとは、たとえばガレット(P88)は、ちょっと作り方が長くなっちゃったのね。
でも、ガレットはわたしもつくったことなかったし、読者に手順をくわしく見せたかったの。
だから、1ページ丸々使ってマンガにしようと思って。
それで、ただマンガにするだけじゃつまんないから、スナイパーが想像してることにしてみたよ。
池田
うん、なるほどなるほど。わかりづらいものを説明するのに、マンガを使うのね……。
ん? いやいやまってまって。スナイパー?
ふつうそんなの思いつかないよ。なんでそんなこと、思いついたの?
谷
えっとね、レシピが長いから、マンガにしたいなと思って……。
池田
(食い気味に)そこまではわかる。わかるよ。でもなんでスナイパーなの?
ガレットって言われたらさ、たとえばフランスがテーマになるならわかるよ。
手順を教えたいなら、キューピー三分クッキングのマンガにする、とかもわかるけど。
なんでスナイパー!?
谷
えーと……あっ、そうそう! 今思い出したけど、フランスから始まったんだよ!
かっこいいおじさんにしたいと思ってさ。そこからのスナイパーだよ。
池田
いやいや、そこからスナイパーにつながらないでしょ!? なんで?
えーっと、スナイパーって、見つからないようにささっと人を殺すよね。
それみたいに、すぐできるって言いたかったの?
谷
あ、そうかも!
池田
そうなの!? いま、適当に言ったでしょ!
メンバーだからって、そんな天才みたいなこと言うのはゆるさないよ!(笑)
谷
えっと、えっと(焦)
やばい、全然思い出せない……。
でもたぶん「片手間でもできるくらい簡単だよ」ってことが言いたかったような気がする……。
池田
ああ……スナイパーは集中しなくちゃいけないもんね。
あれっ、これ、スナイパーが銃の望遠レンズで、
作ってる人の手順を覗いているんだ!!!
谷
そうそう、基本的に「スナイパーが仕事のかたわら想像でガレットを作る」というマンガなんだけど、
大事なところはちゃんと絵で見せてあげたいから、「拡大」して見せました。
たとえばこの「四方を折る」って、言葉で言われてもわからないでしょ。
池田
なるほど……そういうねらいがあったのか。
あやこのつくるものには、全部、かならず「ねらい」があるんだねえ。
えっでもまって、これ、作ってる人が狙われてるの? この人、死ぬの!?
谷
あ、このスナイパー、殺し屋じゃなくて、花火をあげるスナイパーだったんだよ。
池田
どういうこと……?
谷
最初のラフでは、スナイパーがこの人のために「Happy Birthday」って書いたガーランドを
部屋に打ち込むっていうふうにしてたんだけど、イラストレーターさんが花火に変えてくれたんだ!
イラストレーターの仲島綾乃さんも、神のアイデアをたくさんもっているよ。
池田
あ、なるほどねー!
なにかお祝いとかをしてるんだ。花火見ながらガレット食べてるのかな。
谷
せやせや。
テーマが「非日常」やからな。
池田
えーっと、それでさ、
このページ左下の「企画」の部分も、台割の時に考えているんだよね?
谷
考えているものもあるけど、思いつかないものはとりあえずスルーして、メニュー優先で決めていきます。
台割とサムネイルはほぼ同時並行で、サムネイルに落とし込みながら、台割も見直してます。
2)サムネイルをつくる
池田
このサムネイルをつくるのはなぜ?
あとで原寸大のラフも描くんだよね?
谷
うん、サムネイルにすると、すべてのページが俯瞰で見えるでしょ?
だから、同じような見た目のページが続かないようにとか、このへんで転調がほしいなとか、サムネイルを見てリズムを考え直します。
池田
そこでまた考えなおすんだ…! 何回くらい描き直すの?
谷
サムネイルは3回くらいかな。
でも、いきなり大きめのラフを描いて、サムネイルサイズにプリントして全体を見ることもあるよ。
そのときは、立つね。
池田
立つのか。
上から俯瞰で見るってことだね。本1冊の流れを見ているんだね。
谷
せや。
池田
(また関西弁……!)
いやーしかし、台割で8回、サムネイルで3回考えなおしているのか……。
企画の部分も何回も考えなおしているんでしょ。すごすぎるね。
谷
可能性をたくさん並べちゃうんだよね。だから、絞り込むのが大変でさ……。
企画の部分をいつ確定するかと言うと、サムネイルのあとに描くラフかなあ。
アイデア出しをするためにラフを描いているようなものなんです。
池田
でもたとえばさ、この「チャート」にしようとかは、どうやって思いつくの?
谷
これは、すき焼きうどん以外の味を紹介したかったの。
で、いつも選ばない味を選んでみてほしいから、チャートにしてみた。
「昼ごはんで冒険してみる」が本のテーマだから。
池田
なるほど……。
この「雑誌にしよう」は? どう決めるの?
谷
これは、あんかけ2種で、あんあんだから……
池田
『an・an』ってこと!?
谷
そうそう。この本のハイパークリエイティブディレクター、大野さんと話してて、大野さんが「an・anしかない」って言ってくれて、「たしかにそれしかない!」って思って。
池田
しかない……。
谷
神のアイデアだよね!
カメラマンさんに「ここは、計量スプーンを無駄におしゃれに撮ってください」とお願いしたら、終始ふしぎそうな顔をされたよ……。
「計量スプーンを……? なんで……?」って感じで。
でも、さすがだよね。おしゃれな写真になってうれしかったよ。
池田
谷さんは、本当に、楽しんで本をつくっているんだねえ。
「楽しんでつくっているかどうかは誌面から伝わる」って言うけど、それは本当だね。
さてさて、サムネイルを描いたら、つぎは何をするの?
谷
次に、著者の先生にレシピを作っていただきます。
3)レシピをつくってもらう。
池田
レシピを作ってもらうときに、先生によくお願いすることってありますか?
谷
材料を減らしたい、とかかな。材料が多いと、その時点で作りたくなくなるから。「この料理になる、最低限」っていうレシピをお願いしています。
著者の小田先生は、この天才なんだよ。神です。
池田
神がいっぱいいるね!!!
でも、たしかに、さっき出てきたガレットも、「そば粉」とか書いてあったらもう作らないよね。
谷
そうそう。最初はそば粉のレシピを考えてくださったんだけど、「そば粉、けっこう入手が大変かも……」と話したら、「ですよね」って言って、すぐに小麦粉でレシピを作ってくださって。
池田
なるほどねえ。ほかにも何か気をつけていることはある?
谷
たとえば、P60の天津飯は、「ひとつのあんで味を変えられないですか?」と相談しました。
「餃子の王将」に行くとさ、天津飯には、「甘酢味」と「塩味」と「京風だし味」があるの。わたしは個人的に、甘酢は絶対にナシなんだけど、甘酢派が結構いるのよ!
ってことは、天津飯のレシピを載せても、「甘酢だったら食べたい」「甘酢だったら作りたくない」って人がいる。
または「夫は甘酢派、私は塩派」って人もいるかもしれないから、「最後だけ変える、2つの味」にしたのよ。だから、「平和的天津飯」って名前にした。
「けんかをやめて〜♪ 甘酢のために〜争わないで〜」♪
池田
すごい!!! そんなことまで考えているんだね。
それで、レシピができたら、次は? 撮影?
谷
ううん、つぎはラフを描くよ。
4)ラフを描く
池田
まだまだ撮影にはたどり着かないね……。
あのう、もう一度読者の方にお伝えしたいのですけど、
ふつうだったらね、この手間をかけている時点でね、
もう本づくりの2/3くらいは終わってます。
でもたぶん谷さんは、1/10も終わってないと思う。
それがすごすぎる。
谷
いやー、ライフワークのようなものというか。
池田
ほんとうに尊敬する!
さてさて話を戻して、このラフってどういう思考回路で描いてるの!?
谷
ええ! どういう思考回路かというと…。
まず、料理ごとにテーマがあるから、それをもとにして、どんな写真にしたいか、どんなレイアウトにしたいかを考えます。
たとえばそうめんのテーマは「めんつゆで食べるそうめんからの脱却」。だから、「これほんとにそうめん?」って思うような絵面にしたかった。というわけで、パーティーっぽく、真俯瞰にしました。
(※真俯瞰…真上から見下ろして眺めること。写真のアングルでよく使われる)
そして、先生のレシピによると、そうめんに①野菜 ②たんぱく質 ③味付けの順番でのせるように提案しているから、雑然と並べるだけじゃなくて、こういうふうに配置しようって決めていくの。
池田
すごい。ここまできちんと決めてあれば、撮影で迷うことないね!
ふつうは、ここまで詳細にラフを決めていかない場合もあると思います。
それで、「どこにどう文字が入るかわかんないし、ちょっと怖いから、何パターンも撮っておこうか」ってなってしまったり。
谷
ただでさえカット数が多いから、撮影のときに「これもお願いします」っていうのがなるべく出ないように気をつけてます。
そのあと、描いたラフを眺めて、何か足りないものがないか考えるの。そうすると、「あ、これ材料全部準備するのが大変だって思われそう……」って思って。
だから、左上に、全部そろえなくてもおいしい「おすすめ組み合わせ」を入れてます。こうして「作らないという選択肢」を全力で回避するの。
池田
なるほど~。
谷
これができたら、イラストレーターさんに見せて、「ここにこんなイラストを入れたいんですけど」って相談するの。
池田
あ、ここで、どういうイラストがどこに入るかの案も書いているんだね。
谷
そうそう。紙面全体をイメージして描いていくから、そこでイラスト案が浮かぶこともあるし。
それで、もっとこうしたほうがおもしろいとか、こういうキャラを入れようとか、アイデアをもらって描き直していくの。
池田
また描き直してる!!!!
そしたら次は? 撮影?
もう撮影したいよ~。準備がすごいよ~。
谷
えっと、次は、原稿を書きます。
池田
原稿も書くの!?あっ、この本、「文・谷綾子」になってる!
5)原稿を書く。撮影前に、できるかぎり全部書いておく
池田
文章を書くときに気をつけていることは?この本の文章、なんかすごくおもしろいんですけど…
谷
とにかく、「作りたい」気分を高めるための文章だから、「おいしそうに感じる」「見た目より簡単そうに思える」「自分が作っているところが想像できる」ような要素を入れていきます。
それから、小田先生のレシピは、それこそすべてにかならず「ねらい」があるんだよね。必ずそれを聞いて書いています。
あとは、とにかく楽しく。世界でいちばんラクなことって「楽しいこと」だと思うんだよね。
池田
そうとう楽しいよね! このパスタの下のとかさ。
谷
パスタの下の文章はね、撮影のときに試食しながらその場で作っているよ。それをあとで見直して、ハイパークリエイティブディレクター(笑)と思い出しながら決めてます。「これは思った以上に海苔だね!」っていう言葉をそのまま入れたりとか。
池田
Omotta ijouni nori!!
(次回に続きます)
この記事を書いた人
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