手がけた書籍の部数が、1000万部超えの編集者がいるらしい。
この話を聞いたとき最初は、都市伝説かな? と思いました。
そんな人いるわけないじゃん。きっと、ずっと昔の編集者の話でしょ? とも思いました。でも実在したのです。その名は柿内尚文(かきうち・たかふみ)さん。現在、株式会社アスコムの取締役編集局長をされています。
AIじゃなかったし、リアルタイムに存在する人間でした。そんな生きるカリスマとお話できるということで、当日私はオンラインの画面越しに緊張でガチガチだったんですが、柿内さんはわかりやすい言葉で丁寧にその場を解きほぐしてくださいました。2020年6月には初著書となる『パン屋ではおにぎりを売れ 想像以上の答えが見つかる思考法』(かんき出版)を出版。
※2020年10月の時点で7刷、45,000部前回に続いて、ヒットメーカーの企画の立て方について、まだまだ掘り下げます。
企画に携わるすべての人、必読です!第1回 ベストセラー編集者が、著者になって初めてわかったこと
第2回 どうしたら売れる企画になりますか?
第3回 確実に読者がいる企画を作りたい!
第4回 出版業界が苦しんでいるのは、本の届け方である
第5回 1000万部編集者でも、常に限界との戦いだ
谷
あの……すみません。
柿内
はい?
谷
本を読んで一番気になったのは、著者に殴られたというエピソードです(笑)。相手が誰なのか、めっちゃ気になります…。
柿内
あはは!
相当古い話なんですが、ある俳優さんですね。代々木八幡の今はなき喫茶店で殴られました。
宮崎
なぜ殴られたんですか!?
柿内
当時は雑誌の編集者で、その俳優さんがタバコを吸っている写真を撮影して掲載したんです。煙が顔にかかっていて、いい雰囲気だなと。でも俳優の顔に煙がかかった写真を使うなんて言語道断だ! ってなって。
最初僕は怒りの理由が全然わからなくて。顔色が気に食わないのかな? って思ってたんです。だからトンチンカンなこと言ってたんでしょうね。
そしたら殴られました。
一同
えー!
※実際は実名も教えてくれました
柿内
編集部に帰って、大爆笑されましたね。
そんなふうに失敗ばっかりですよ。とくに雑誌時代は怒られてばっかりで、それがすごくいい経験になってます。
谷
ありがとうございます。ではちゃんとした質問をさせてください(笑)。
P166の「すごろく法」のページで、「100万部を目指すなら、潜在読者が3000万人いるかどうか」というお話をされています。この“3000万人”という具体的な数字は、どこから割り出された数字ですか?
柿内
これは絶対的な数字の根拠があるわけではないんです。
通販番組では、広告を出してリーチして、そこからアクションを起こす人は、大体3%って言われていると聞いたことがあります。
3000万人にきちんと届くように作ってPRすれば、そのうちの3%くらいの人は買ってくれる可能性があるんじゃないか? という考え方がベースにあります。
谷
そういう考え方があるんですね!
柿内
あと今まで多くの本を作ってきて、「売れる本の売れ方」をいろいろ見てきたので、その経験値も参考にします。
このジャンルだったら、こんな読者層で、こんな買い方をしてくれて、最大でこのくらいの実売を見込めるんじゃないか、という見立てをしたりします。
だから絶対こうじゃなきゃいけない! というわけではないんです。
例えば、100万人のファンがいる人のファンが全員買ってくれれば100万部になるわけです。そのときのアプローチはまた変わってきますよね。
谷
たしかにそうですね。
柿内
僕はどちらかというと、これまではファンや特定の誰かに向けた本作りは、あまりしていないんです。
不特定多数の方にむけて新しい価値を提案する。そして本を買っていただく。この流れが圧倒的に多いので、できるだけ3000万人くらいの読者層をイメージしてるという感じです。
谷
具体的に企画を立てたあとに、類書の売上や統計を見たりして、この企画の層は3000万人が存在するという確信を得られたら、始めるんですか?
柿内
「絶対に3000万人いないといけない」というわけではないんですが、できるだけ想定読者数はイメージしています。
すごく単純にわかりやすく言うと、ある病気の企画を考えたとき、その病気に関心のない人は買わないですよね?
谷
例えばどんな病気でしょうか?
柿内
そうですね。例えば糖尿病。糖尿病患者って1000万人くらいで、その予備軍が1000万人くらい。糖尿病に関係する人は合計2000万人くらいと言われています。じゃあ、読者が2000万人いるかというと、少し違っていて。「予備軍の人って、そこまで強く自分事になっていないよね」っていう考え方をします。
谷
あ〜なるほど。
他にも何かありますか?
柿内
えーっと、中学受験の本だったら、受験生とその準備をしている人を含めて、首都圏で大体20万人弱くらいしかいないんです。
だから20万人のマーケットを、どう取るか? という話になってしまうんですね。
谷
それだとちょっと、少ない感じしますね……。
柿内
こんなふうに想定できるものは、なるべく検証しようと思っていますね。
もちろん、データ化されていないこともありますから、あくまでも仮説の中でしか考えられないこともあります。
とにかく考えるきっかけをたくさん作ろうと思っています。
谷
明らかにこのテーマはマーケットが少ないと思ったら、企画の優先順位を下げることもありますか?
柿内
下げることもあります。でも、やる意義があればやります。すべてがすべてメガヒットを目指して企画を立てているわけではありませんから。意義をちゃんと見いだせれば、挑戦すべきだと思っています。
谷
今まで立てられた企画で、潜在読者層が多いと思ってなかったけど、売れた本ってありますか?
柿内
どうだろう。
ただ、潜在読者数のMAXよりも、結果はつねに下だったという感覚はありますね。つまり3%よりも少ないという意味です。
それよりも売れた本は、なかなか無いかもしれません。
池田
本を出してみて初めて、読者がいない企画だったってわかることが、私は結構多いんです。だからすごく反省していて。
1億人に当てはまりそうな感じがしてたのに、1人にも当てはまらないみたいな。
だから潜在読者をできるだけ見えるようにしなくてはと反省しました。
柿内
でも編集の仕事って、価値を生み出して、それを届けることが仕事だと思うんですね。
だから、わかりやすいデータで見える市場もあれば、顕在化していない市場もたくさんあるはずなんです。だから、まだ見ぬ市場に、どう届けるかがポイントになるのかなと。自分事としてパッケージして、うまい届け方ができれば可能性はあると思いますよ。
池田
ありがとうございます!
柿内
でも本当にいろいろやり方はあります。あくまでも一例として聞いてもらえたらうれしいです。
谷
229ページに
「データや頭の中の思い込みからは漏れ落ちているさまざまな声。こういう声をすくいあげることが、本をつくるときにはとても大切です」
という記述がありました。
その声をすくい上げるために、具体的にされていることってあるんでしょうか?
柿内
僕らがすごく参考にしているのは、読者の声ですね。つまり読者ハガキです。
読者ハガキはとにかく読むようにしています。読者ハガキの裏面はフリースペースにしていて、結構みなさん書いてくれるんです。
谷
読者ハガキですか!?
柿内
はい。アナログですよね(笑)
想定していることとは違う感想だったり、こんな感覚をもってるのか!と新たな発見があったりして、たくさん気づけることがあるんですよ。
そういう言葉にできるだけ触れて、自分の中にインプットできるかが大切なのかなあと思います。
「そもそも自分は思い込みが激しい」という前提で捉えていくことが大事なのかなと。
谷
つまり本を出版して、そこからの声をたくさん聞いて、次の本につなげていくということですか?
柿内
そうですね。
一度失敗すると、そのジャンルを避けてしまいがちなんですが、失敗して気づくこと、学ぶことって本当に多い。だから失敗から学んだうえで、そのジャンルをもう一回攻めるのは、ものすごくいいことだと思うんですよね。
なので、失敗の経験をプラスにするためにも、読者の声をちゃんと拾い上げていくほうがいいと思います。
谷
なるほど。
柿内
あとは、いま22万部売れている『「空腹」こそ最強のクスリ』 という本があります。
このとき「食べるの我慢するのはきついよね」という声を周りでよく聞いていたんですね。たしかに若い人にはきついかもしれない。だけどある程度年齢を重ねると、食べるほうが体調が悪くなるという人が増えるんです。
そういう声って、実は結構いろんなところに落ちているんです。読者ハガキで「食べないほうがすっきりする」という声があったとき、これだ! と思いました。
谷
わ〜! 本当にハガキってネタの宝庫ですね。
柿内
そうなんです。ダイエットの企画でも、若いときは見た目を重視しますが、年齢が上がってくると内臓脂肪や中性脂肪が気になってくる。生活習慣病との距離が近くなってきたから、それらを落としたいというダイエットの動機に変化するんですね。
プロポーションを良くしたいというより、体重は増えるけど顔の肉が削げ落ちてしまうといった、悩みに変わってくるわけです。
だから「ダイエット」という言葉をひとつとっても、人によってマインドが異なるんですよね。
谷
たしかに。
柿内
そのマインドに向けてどう影響を及ぼすことができるか?
この視点が必要な気がしていて、それが読者ハガキからは学ベるのかなと。
宮崎
読者ハガキって私もよく読むんですが、「役に立ちました!」とか「感動しました」というポジティブな言葉にばかり目が行ってしまって。そこから新たなニーズを探ろうという視点で見てなかったので、今までとは違う読み方をしようと思います。
柿内
ぜひぜひ!
それこそ『ポケット版「のび太」という生きかた』も、読者ハガキがなかったら生まれてなかった本なんですよ。
宮崎
どんなハガキが来たんですか?
柿内
もともとこの本は、大人用の自己啓発書として出したんです。
出版後、小学生からの返信ハガキがポツポツ出はじめて、「小学生からのハガキがよく返ってくるなー」って思ってたんです。
宮崎
小学生?
柿内
でもPOSデータでは40代の女性が購入しているんです。「ハガキが子ども」で「データが女性」という違和感を突き詰めたら、「お母さんが子どもに買ってあげてるんだ!」というのが見えてきたんですよ。
だったらいっそ、小学生向きに切り替えてみたら? という仮説を立てられたんです。
一同
へえーー!
池田
たしかに家の近所のスーパーにも、子ども用にパッケージされたこの本が売られていました。
柿内
うれしいですね! だから読者ハガキは宝の山だと思います。
宮崎
明日から読みます!
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