【ヒットメーカーに会ってみた!】 柿内尚文さん 第5回 「1000万部編集者でも、常に限界との戦いだ」

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手がけた書籍の部数が、1000万部超えの編集者がいるらしい。
この話を聞いたとき最初は、都市伝説かな? と思いました。
そんな人いるわけないじゃん。きっと、ずっと昔の編集者の話でしょ? とも思いました。

でも実在したのです。その名は柿内尚文(かきうち・たかふみ)さん。現在、株式会社アスコムの取締役編集局長をされています。
AIじゃなかったし、リアルタイムに存在する人間でした。そんな生きるカリスマとお話できるということで、当日私はオンラインの画面越しに緊張でガチガチだったんですが、柿内さんはわかりやすい言葉で丁寧にその場を解きほぐしてくださいました。

2020年6月には初著書となる『パン屋ではおにぎりを売れ 想像以上の答えが見つかる思考法』(かんき出版)を出版。
※2020年12月の時点で8刷、48,000部

今回はいよいよ最終回! 長年、編集者をやってきた柿内さんの「壁の越え方」についてのお話です。
いっぱい失敗をしてきたという柿内さんの言葉は、説得力にあふれていました。
どうぞご覧ください!

第1回 ベストセラー編集者が、著者になって初めてわかったこと
第2回 どうしたら売れる企画になりますか?
第3回 確実に読者がいる企画を作りたい!
第4回 出版業界が苦しんでいるのは、本の届け方である

俺なりの壁の越え方が見えてきた

宮崎

20年以上編集者をやってこられて、限界や壁を感じたことってあるんでしょうか? なんだか就活の面接みたいな質問ですね。すみません。

柿内

限界や壁なんて、もうしょっちゅう感じてます。自分の能力のなさにどう向き合うかという日々ですよ。

宮崎

全然そんなふうに見えません。。。

柿内

いいところしかアウトプットしませんからね(笑)
自分にいちばん自信があるのは、失敗の数だと思っています。もう本当にいろんな失敗をしているので。
本にも書いたんですが、自分の凡人具合に辟易しながら生きてるって、本当にそうなんですよ。つねに壁があって越えられない感じです。

宮崎

それは昔からですか?

柿内

若かりし頃は、壁を越えて「もっとこうなりたい!」っていうのがありました。でも年を経るごとに、「俺ってこんなもんか」って思えるようになってきました。こんなもんの俺なりの戦い方、関わり方を考えられるようになってきた。それが越え方なのかもしれませんね。

宮崎

わ〜。すごく響きます。

柿内

昔は、もっとうまく人付き合いしないと! とか、もっとこうすべきというのがありました。でも、この年で苦手なことは、もう本当に苦手なんだなと。だからもうやらなくていっか、頑張らなくていっかという気持ちになってきましたね。

宮崎

肩の力が抜けてきた感じでしょうか。

柿内

そうかもしれないですね。その一方で、自分がいちばん大切にしているのは何なのか? と考えるようになって、そこにできるだけ時間や労力を特化、集約していく感じになってきました。それが壁の越え方なのかはちょっと微妙ですが(笑)

宮崎

いやあ、すごく参考になります!
先程、柿内さんはいちばん自信があるのは失敗の数だとおっしゃっていました。
たしかに、失敗は最高の学びと言われますが、失敗をしにくい時代や環境になってるなとも感じます。そんな中で、守りに入ってしまう人も多いと思うんですが、どう思われますか?

柿内

いちばん大切なのは
「なぜ本を作ってるんだろう?」「そもそもなんで仕事してるんだろう?」
ってことなのかなあと思うんです。
「会社のため」「誰かのため」の前に、まずは「自分のため」って何? っていうところから始めたほうがいいと思います。

宮崎

自分のため。

柿内

はい。優先すべきは
「自分は何のためにやっているのか?」「そして今の環境のなかでどうやって折り合いをつけるのか?」
ということなのかなと。

宮崎

うんうん。

柿内

環境に合わせて仕事をしようとすると自分が辛くなるから、まずは自分のためであること。
でも現実問題、今の環境でやっていかなきゃいけない。
自分のためと環境のため。このダブルを叶えるためには、どうしたらいいんだろう? っていう考え方をしてみるのはどうでしょうか。

宮崎

まさに「折り合いをつける」ですね。

柿内

そうですね。「自分のやりたいこと」と「会社のやりたいこと」をダブルで叶えるにはどうしたらいいのか? っていう発想からスタートすると、突破口が見えるのかもしれません。

宮崎

たしかに。

柿内

自分も環境も、どっちも満足する企画を考えてやるぜ! っていう発想にしちゃえばいいんじゃないかと。

池田

そうか〜。

柿内

新しいものやイノベーションって、難易度の高いもの同士の組み合わせで生まれると思うんです。本も、いつもそうやって生まれてくるのかなと。
制約が何もないと、それはそれでやりにくい。でも自分を見失うと辛くなる。
だから理想論かもしれないけど、思考を「自分のため」×「環境のため」からスタートするといいのかもしれません。

池田

かけ合わせですね。

柿内

はい。
編集者の方なら、考えるという行為は嫌いじゃないはずです。時間をかけて何かをすることが好きな人だと思うんですね。こんなに生産性の悪い仕事もなかなかないのに、みなさん頑張っているわけですから。
だから一度、その思考になってみると、いいかもしれません。

嫌なことから逃げ出すように、編集者の道へ

柿内さんはどうして編集の仕事をされることにしたんですか?

柿内

じつは積極的な理由じゃないんですよ。
親父が編集者で、昔から編集者という仕事のいい加減さや適当さを、ずっと間近で見てました。
就活では電通とか博報堂に入りたくて、広告代理店をめざしたんです。最終的には読売広告社に入社しました。

広告志望だったんですね。

柿内

なかでもマーケティング志望だったんですけど、営業配属でしたね。もう嫌で嫌で仕方なくて。もうこの現場からすぐに逃げたいと思って、同期のなかで最初に辞めたんです。
広告は、クライアントありき、予算ありき、納期ありきという世界です。そんながんじがらめの環境のなかで、近くにいた親父の出版の世界がめちゃくちゃ自由そうに見えたんですよ。

宮崎

楽しそうに仕事している親の姿を見るって、いいな〜。

柿内

こんなに自由でいい加減に生きていけるんだったら、こっちのほうがいい! って思って転職しました。
だから、編集者になりたい! じゃなくて、がんじがらめから逃げたい! 自由になりたい! という感じで。だから編集者に対してモチベーションがあったわけではないんです。
ただ、今考えれば広告の世界にも面白さも自由度もたくさんあって、そういうことに気づけなかったのは単に自分の若気の至りかと。

今でもこの業界に自由さはありますか?

柿内

たしかに昔に比べて自由さは減ってきたかもしれないですね。
僕が出版業界に入ったのが1997年手前で、入社した会社も景気がよかった。毎日、遊びに行ってる感覚でした。面白いこと考えるのが仕事っていう感じ。

どんな仕事が印象に残ってますか?

柿内

雑誌で夏休みの特集を組むことになって、編集長から突然「おい柿内! 無人島に行ってサバイバル生活して来い!」って言われて「はーい!」みたいな。
4人位で行きました。落ちている木でイカダ作って溺れそうになったりして、それを原稿に書いていくという流れです。
でも本当の無人島だと嫌だから、人が住んでいる島と橋でつながってる無人島に行ったんです。夜になると移動して、居酒屋でさんざん飲みました。無人島なのにたくさん領収書持って返って、めちゃくちゃ怒られましたね(笑)

無人島

柿内さんお手製のイカダ。今にもバラバラになりそうって思ったら、やっぱり沈没したみたい。

宮崎

電波少年を思い出します(笑)

柿内

うん。そんな感じです。
思いついたことをすぐに実現できたことは面白かった。今とは違うなあとは思います。
でも、頭の中で思い浮かべたことが形になって1冊の本になる。その本質的なことは、なにも変わってないとも思いますよ。
言い方が悪いかもしれないけれど、こんなに簡単に形になるものって少ないと思うんです。

宮崎

たしかに、1人の人間がこんなに全体に関われる仕事って、すごく贅沢だなあと思います。

柿内

そうなんですよ!

売れた本の第2弾失敗はなぜ起こるのか?

今までされてきた失敗で、学びが大きかった失敗はありますか?

柿内

「売れない」という失敗は、腐るほどしてますね。
本当はやっちゃいけないのに、今でもやってしまう失敗は、第2弾失敗でしょうか。第1弾が売れたときの第2弾って、結構社内でもスルーなんですよ。「いいじゃん! いいじゃん!」ばっかりになっちゃう。そういうときはうまくいかないことが多いですね。
つくっている最中で何か言われたり、いろいろ考えたりするタイミングが多いほうが、やっぱり練られていきます。

宮崎

例えばどの本でしょうか?

柿内

疲れをとりたきゃ腎臓をもみなさい (健康プレミアムシリーズ)』というのがあって、30万部売れたんです。僕が通ってる鍼灸・整体の先生が著者なんですね。

一同
へえ〜。

柿内

施術受けながら、第2弾どうしましょうかっていう話になって。頭をもんでもらいながら、「今すごく気持ちいいいけど、なぜですか?」「あ〜これはストレスですね」なんていうやりとりがあって、それで「頭蓋骨をもみなさいっていいですね!」と盛り上がったんです。

宮崎

マッサージを受けながら打ち合わせって最高ですね(笑)

柿内

はい(笑)
打ち合わせもすごく盛り上がって、これはいけそうだと思いました。そのまま企画が進んでいって、結果、『ストレスとりたきゃ頭蓋骨をもみなさい (健康プレミアムシリーズ)
という本を出しました。
本の内容には自信があるんですが、前著に比べて売れ行きはそこまで伸びませんでしたね。

私も第2弾をつくることがありますが、疑う回数が減るな〜と思います。ファンがいる、お客さんがいる、って思って安心しちゃうというか。

柿内

売れていると、意見が出る回数も減りますしね。
意見の内容が正しいかは別として、意見がついたということは、一回考え直したほうがいいと思います。

宮崎

意見は大事にしないとですね。

柿内

そう思います。作家の村上春樹さんが、原稿を最初に奥さんに読んでもらうという話を聞いたことがあります。言われたとおりに直すわけじゃないけど、奥さんが引っかかった場所は再考するという。まさしくそれと同じです。
誰かから何か言われたときは、考えるきっかけなのかなって思います。

池田

本を作るときに、どういうところを疑いますか?

柿内

たとえばカバーをつくるときは、「このデザインで本当にいいのか」という意識からスタートするようにしています。プロのデザイナーさんが手がけてくれるから、良く見えるのは当たり前なんです。だからなんとなく「いいね!」って思っちゃうじゃないですか。

池田

わかります!

柿内

でも意識的に「本当にいいのか?」と思うようにしていて。そこは性格悪くなるしかないって思っています。片っ端から疑っていますね。

池田

著者の原稿も、いちいち疑いますか?

柿内

そうですね。いちいち疑う必要はあると思っています。もちろん伝え方は考えます。
社内で担当編集者が「素晴らしい原稿をいただきました!」「カバーデザインいい感じです」と言いながら持ってきても、いいね!ってすぐには思わないようにしてます。

宮崎

見せるほうは緊張しますね……。

柿内

打ち合わせの合間に、チェックしてほしいって編集者が来る場合はとくに注意です。打ち合わせのテンションのまま見ると「いいんじゃない?」ってなっちゃうので本当に危険です。1回クールダウンしてから見ないと、大事なところをスルーしがちになりますから。

全国の悩める編集者にメッセージをお願いします

池田

編集者をやっていると、もう自分の担当本は売れないんじゃないか……っていう恐怖心がわいてきます。もうヒット作は出せないんじゃないかっていう壁が迫ってくるような感覚があって。そういう気持ちの編集者に、どんな言葉をかけますか?

柿内

自分で作った本がいい本である、もしくは、世の中の人にとって価値のある本であると、自分がちゃんと思えているのならば、ひとまず合格だと思うんですね。

池田

というと?

柿内

本が売れないって、どういうことか? それはその本の存在と魅力を、お客さんが知らないってことだと思うんです。だから自分の本づくりが悪いと捉えるんじゃなくて、存在と魅力が伝わってないと考える。そして存在と魅力を伝えるためのアクションを起こせばいいのかなと。

池田

作りが悪いんじゃなくて、ただ知られていないだけということ?

柿内

はい。本が売れないと「内容が悪かった」「デザインが良くなかった」「切り口が古かった」っていう方向の話になりがちだなあと、常々思うんです。
そもそもその本の内容がどうこうの前に、その存在を知られていないんですよ。吟味して買ってもらえないんだったら、たしかに中身の問題です。でも吟味される前の問題であることが圧倒的に多い。だからその存在と魅力を伝える努力、価値を広める努力をすればいいように思います。

池田

なるほど。

柿内

だから先程も話しましたが、編集者に求められるのは、作ることはもちろん、届けることだとも思うんですよね。
お客さんが「何それ! 知らなかったよ。もっと早く教えてよ」というケースはたくさんあるはずです。だから「作る」と「届ける」はセットで考えるべきなのかなと。

池田

作るところだけで、グダグダ悩んでもしょうがないってことですね。

柿内

そうですね。
おそらくみなさん、自分の作った本には自信をもっているはずだし、これはいい本だ! って信じていると思うんです。
ですから、売れないことで、わざわざ自分を否定することなんてしなくていいんです。自分がつくった本の力を、もっと信じてほしいなと思いますね。

数々の編集ノウハウを言語化してきた柿内さん。
お話を聞いていくとそのノウハウの裏には「失敗だらけだったから」「自信が本当にないから」「つねに壁に囲まれている」といった、とってもパーソナルで人間くさい思考がありました。
表面的な数字だけを追いかけるのではなく、体温のある人間らしいマーケティングをされる方なんだなあと、感じました。

そして最後にオンライン撮影の際、「笑顔をください」とお願いすると、「僕、本当に笑顔が苦手なんです」と言いながら、一生懸命に笑顔をつくってくださいました。
「今まで著者にさんざん笑顔でお願いしますと言ってきたけれど、難しいですね。またひとつ著者に優しくなれそうです」とチャーミングなコメントも。
どれだけ大きな数字をつくっても、つねに謙虚な柿内さん。とても素敵な方でした。ありがとうございました!

そして編集秘話を教えてくださったかんき出版の庄子さん、セッティングしてくださったかんき出版の酒泉さん、どうもありがとうございました!

(前回はこちら

この記事を書いた人

宮崎桃子
編集者
神奈川県出身。「読んだあとに、生きやすくなれる本作り」がモットー。女性実用書、語学書、資格書が多い。わかりやすくておもしろいモノ・ヒト・コトを日々探してます。がんばります。

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