【ヒットメーカーに会ってみた!】加藤晴之さん 第6回 「ええ、うちの店主が海賊なんですか!?」

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第10回 本屋大賞にも選ばれ、2016年には岡田准一さん主演で映画化もされた小説『海賊とよばれた男』。ハードカバー、文庫あわせ420万部という大ヒット作を手掛けたのが、編集者の加藤晴之さんです。

インタビュー第6回目は、加藤さんの「着眼点」について。それまで光を浴びていなかったある種の真実や、時代によって変化した「言葉のイメージ」。それらを加藤さんが敏感にとらえてきたからこそ、数々の名著が生まれたのです。

加藤

最強のふたり』って、いい本だし本当は10万部ぐらいいきたかったんだけど、2万部をちょっと超えたくらいなんですよね。

でも、この手の本で2万越えって結構すごくないですか。

加藤

そうですね。でも、世知辛いお金の話をすると、まず連載時に『マグナカルタ』から北さんに原稿料をお支払いいただいています。で、3年かけて執筆した原稿が、1800円の本になって2万部っていうことは、印税10%だとすると360万円でしょ。それと季刊誌からの原稿料。ひと昔、ミリオンセラーがたくさんでてたころの流行作家はみんその10倍や100倍ぐらいは稼いだでしょう。いまの作家、ことにノンフィクションの作家、ジャーリストは、発表媒体の雑誌がネットに押されているし、いいものを書いても本の部数が伸びないから、ちょっと気の毒に思います。

いい本だけに心苦しいですね。

加藤

『最強のふたり』の本のすごいところは、佐治敬三の「名前」の謎を解いたことですね。もともと佐治さんは、創業者の鳥井信治郎の次男。NHKの朝ドラ『マッサン』で出てきたでしょ、鳥井信治郎、堤真一がやってた。

やってましたね。見てました。

加藤

あの堤真一が佐治敬三さんのお父さんですよね。あのドラマにもでてきましたが、信治郎の長男は、病気で亡くなるでしょ。それで弟の敬三が急きょ家業を継ぐんだけど、なぜ敬三さんが鳥井から佐治姓になったかはじつはよくわかっていなかったんです。人名事典などでは、母方の縁者の性を継ぐみたいな解説があるんですが、調べてみると事実ではない。でも、敬三さんが佐治姓の女性のところに養子にいくんですね。まあ、ちょっと込み入った事情があったことを、北さんがまた郷土史家的なアプローチで謎をといたんですね。

込み入った事情?

加藤

くわしくは本を読んでみてください。文庫本もでたとこだし(笑)。じつは、この謎解きが本書のキモなんです。それまで、開高さんと山口さんが編集・執筆したサントリー社史「やってみなはれ」「みてくんなはれ」ではないですが、佐治敬三さんはものすごく豪快で快活、サービス精神あふれた関西人の明るい経営者、ということになってます。でも、ほんとうなんだろうか? このキャラクターは、敬三が長男の死によって突然、後継者になってから懸命に努力してそういうキャラを演じてたのではないか。屈折してるんですよね。明るさの裏にある、暗さ、自分達の青年時代のせつなさ。悲しさ。

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加藤

開高さんも、お父さんが早く死んじゃって本当に貧乏だったんですよね。社長の佐治さんとヒラ社員の開高さんの立場を超えて、お互い引き寄せられたのはなぜだったのかの謎解きをしたわけなんです。お互い影響を与えて受けて生きてきた経営者と作家の山の部分、谷の部分がキチッと書けたのは大きかった。だからこそ、開高さんとの友情物語が際立ってきた。北さんは、郷土史家としてノンフィクションのアプローチをして、今までにない佐治像をつくったと思うんですね。

そうか……。白洲次郎像といい、今までみんなが思ってたものと違った真実というか。加藤さんは、そういうある種の真実を映し出す本をたくさん手がけられてる感じがします。ちなみに『海賊とよばれた男』のタイトルについてなんですけど、何回も聞かれてると思うんですけど、なぜこのタイトルになったんですか?

加藤

これは百田さんがつけました。このタイトルに至るまでに、いくつかタイトル案があったんだけど、正直ちょっとピンとこなかったんです。だから、何だろう、この本のキーワードは、って考えてたんですけど。

この本のキーワード。

加藤

主人公の国岡のモデル、出光佐三は、神戸の高商(いまの神戸大学)を出た後、大きな会社に勤めずに、小商いの店につとめる。そのあと独立して徒手空拳の若者だったけど、まだ石炭がエネルギーの主流だった時代に、エネルギーとしてまったく未知数の石油の将来性に賭ける、いまでいえばベンチャー起業家です。ところが石油を商うにも既得権益があって、思うようにいかない。そこで思いついたのが、だれの権益でもない、海の上での漁船への油売り。このゲリラ販売に、怒った業者たちから「海賊だ」と、罵詈雑言を浴びるわけです。出光の社史でもそういう文脈。

罵詈雑言……。そっか、「海賊」ってそもそも悪い人たちですよね。

加藤

そう、「海賊」っていう言葉、これまではあまりいい使われ方じゃなかったでしょ。「海賊版」とか。ところが、百田さんがこの小説に取り組んだころは、『ワンピース』が大人気でビジネス書のテーマになってたし、『パイレーツ・オブ・カリビアン』があるでしょ。政府軍に対して友達を集めてきて、冒険とか希望とか、お金はないけど頑張って次の未来をつくっていこうっていう、そういうメッセージを込めた言葉になりつつあった。

言葉の意味が変わっていることに気づいた。

加藤

『海賊とよばれた男』の取材や執筆は、2011年の東日本大震災の年から始まっていてるんですけど、原発事故のその後のことなどがあって、どうにも日本が重苦しいときでした。この本のテーマの一つに、千年に一度の大災害や、景気の低迷で、落ち込んでいる日本を元気にしよう、みたいなことがあって。百田さんをサポートするのは文芸の編集二人と僕の三人。百田さん以下みんなで会っていろいろ話してたときにたまたま僕が「やっぱこの主人公、海賊だったって、面白いですよね」っていったわけ。

中野

そこで海賊っていうキーワードを出したんですね。

加藤

はい、モデルの出光は関門海峡で海賊をやった。そこだけなんですよ、出光の歴史上で「海賊」というコトバが出てくるのはね。でも、百田さんは、「日章丸事件も、海賊や」って。今言った海賊というコトバの意味の変化というか、時代の広がりを捉えてたんです。「そうや、海賊や、タイトルは『海賊とよばれた男』。これでいこっ」って決まったの。

中野

主人公が「海賊」とよばれてた、っておもしろいですよね。

加藤

『海賊とよばれた男』の映画の中に、國村隼さんが岡田准一君に言う「ところであんた、海賊ってよばれてたんだってな」って台詞があるんだけど、たぶん、事業が軌道に乗ったら、そんなことはとうに忘れ去られて、そんなよばれてなかったでしょうね。

池田

えええ! 海賊とよばれてなかったんだ!!!!!

加藤

この本ができて、タイトルを出光側に伝えたら、当初はすごい嫌そうだったんです。「ええ!海賊ですか!? うちの店主が‼」みたいな。

中野

嫌がってたのって、どういう感じで説得したんですか。

加藤

いや、とくに説得はしてなくて。でも本が出てから全然音沙汰なかったから、出光さん怒ってるのかなって心配はあって。出光の取材でお世話になった方々にみんな本を送ったし、ありがとうございましたってやりとりはやったんだけど……。たぶんみんな、あ、海賊って、ひどいな、と思っておられたんじゃないかと。

中野

じゃあ、ちょっと不安だった。

加藤

だけど、『海賊』が発売して、評判がよくて売れ行きも伸びだした、一ヵ月後くらいに、この件で大変お世話になった元商社の副社長さんから「加藤さん、あれよかったね。出光の天坊さんも喜んでたよ」みたいな話が入ってきて。2012年7月に出て、2013年の4月に本屋大賞をとったころに100万部を突破。2013年5月の連休のときに出光石油が日章丸事件をモチーフにした全面広告を出したんですね。

出光さんが出してくれたんですね。

加藤

そう、本の宣伝でなくて出光自社の宣伝で。本屋大賞を受賞したお祝いで、天坊さんや月岡社長みなさんと食事をしたときに、『海賊とよばれた男』を読んで感動した学生が、採用試験にいっぱいきたと喜んでおられました。

中野

これのせいですね。

加藤

海賊効果。

すごいな。海賊っていうキーワードをキャッチしたのがすごいですね。

中野

しかもそれがワンピースと。

加藤

当時、並行して瀧本哲史さんの『君に友だちはいらない』って本を開発してたときで、『君とも』は、チームづくりがテーマの本。それまでに『海賊の経済学』とかいろいろ出てたでしょ。海賊って経済合理性の高い、ベンチャービジネスにとって海賊に学ぶべきところがあるんじゃないかとか、そういうトレンドがあったというのもあるんでしょうね。

中野

すごいな。流行に敏感というか。

池田

時代の流れをみてる。

そして、つくってる感じ。

この記事を書いた人

谷綾子
編集者
滋賀県出身。「椅子なきところに椅子を置く」をテーマに、料理、児童書、文芸など、いろいろなジャンルを手がけています。たのしくて情緒のある本と、お笑いが好き。アルパカも好き。

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