『終電ごはん』という本をご存じでしょうか。
まるで文芸書のような、黒い装丁に柔らかい文字。
簡単でおいしそう。そんなレシピが載ったこの本を執筆されたのが、梅津有希子さんです。最初はこの『終電ごはん』についてのお話を伺う予定だったのですが、流れは思わぬ方向に。
谷
本の形になるまでは、どんなことがあったんですか?
梅津
『CREA』の人に相談して、文藝春秋のノンフィクションの部署に企画を持っていって、サロン(注:文藝春秋の1Fにある、数々の重厚な作家たちが腰を沈めたであろう歴史ある喫茶室)で一生懸命プレゼンしました。早稲田のコンバットマーチとか天理のファンファーレとか、すごい歌いながら。
谷
そんな渋い所で。歌ったわけですね。
梅津
歌ったらみんな「ああ、その曲知ってる」となるので。編集者さんも一緒に歌ってくれて。
谷
なんて熱いプレゼンだ。素敵すぎる。
梅津
それで何とか、書籍の形になって。類書もなく、こんなよくわからない企画を通してくれた編集者さんと、文藝春秋がすごいと思います。
谷
じゃあ、『ブラバン甲子園』の本から、映画『青空エール』の監修の話もきたんですか?
梅津
いや、『青空エール』のほうが先です。原作の漫画のモデルが、母校の札幌白石高校吹奏楽部と野球部というご縁で、2010年ぐらいから監修をやってるんですけど、2013年に、初めて甲子園に取材にいったんです。
谷
初めての甲子園! どんな感じでしたか?
梅津
作者の河原和音先生と一緒に行ったんですけど、「これが甲子園か!!」ってすごい感動して。聖地っていわれるだけあって空気感がすごいなと思って。
谷
そうなんですね。行ってみないとわからないやつだ。
梅津
そのとき、昔、吹奏楽コンクールの全国大会に一緒に出たことのある、愛工大名電高校が出てたんです。
谷
愛工大名電高校。
梅津
愛知県代表です。残念ながら名電は負けたんですけど、そのとき吹奏楽部の子が泣きながら楽器を片づけてるのが見えたんです。それにびっくりして。
谷
? びっくり?
梅津
はい。私の高校は、吹奏楽コンクールが最優先だったから、部全体が「野球の応援なんて行ってられないよ」「1年生が行けばいいじゃん」みたいな雰囲気だったんです。なのに、名電の子たちはみんなすごい一生懸命演奏して、試合に負けて泣いてて。
谷
そっか、野球部の応援は、二の次三の次、っていう位置づけだったんですね。
梅津
そう、だから「吹奏楽部の子も負けて悔しいんだ」って思って。夏って吹奏楽コンクールの練習ですごい忙しいのに、この人たちはこんな暑い中、甲子園まできて一生懸命演奏して、しかも負けて泣いてる。それが、すごく刺さったんです。「私の知らない夏がある」と思って。
谷
私の知らない夏がある。
梅津
同じ高校生で同じコンクールに出てた人たちが、8月にこんなことをしてたんだって。そこからハマッたんです。それで、自分が見たい学校がある試合のときには、甲子園とか、千葉とか埼玉の県営大宮球場とか行くようになって。
谷
足を運ばれたんですね。
梅津
はい。でも吹奏楽部はいつからくるかわからないから、学校の事務室に電話をかけて「明日の試合は吹奏楽部はきますか?」って聞いてました。そしたらすごい怪しまれて。「吹奏楽部ファンの者です」って言ってました。
谷
たしかに、野球の試合じゃなくて吹奏楽を見に来る人って、あんまりいないイメージです……。
梅津
そう、マウンドで試合やってるのに、そっちには完全に背中を向けてました。アルプススタンドの1番下で、演奏を見てるんです。「トランペットは5人」「スネアドラムは何台ある」とか。
谷
そんなところまで。
梅津
そこで私のヤマハの経験がすごい役に立ってるのが、楽器のメーカーがわかることなんです。「スーザフォンは、『キング』の高いやつ使ってるな」とか。楽器のケースをみて強豪校かわかるんです。
谷
ケース……!?
梅津
そう、やっぱり強豪校って、いい楽器使ってるんですよ。だから並んでるケースをみたら、吹奏楽部のレベルがわかる。その辺をメモしてtwitterに発信したりするから、あまりにもマニアックですよね。それで、それが高じて、吹奏楽部の先生をつかまえて挨拶するようになって、取材するようになって。
谷
すごいアグレッシブですね。
梅津
書籍化する予定も決まってないのに、ただの趣味なんですけどね(笑)
谷
取材って、いきなり声かけるんですか?
梅津
たとえば近江高校(滋賀県代表)の試合を見に行ったときに、初めて聴く曲があって、曲名がわからなかったので、アルプスで先生に質問したんですよ。でも、その時は特に名刺もお渡ししませんでした。アルプススタンドって、入れ替わり立ち替わりたくさんの記者が取材をするので、けっこう慌ただしいんです。そしたら、後から先生がtwitterで気づいたみたいで、「もしかして、今日話しかけてくれたのは梅津さんですか?」って、その先生からメールがきて。
谷
先生も見てたんですね、twitter。
梅津
「次の試合、全校応援なんですけど、東京から始発に乗って朝8時に米原駅についたら学校の団体バスに乗れますけどどうですか?」っていわれて。
谷
団体バスに……!?
梅津
びっくりですよね。試合の前日、遅くまで飲み会があったんですけど、「こんな機会はそうそうない!」って思って「わかりました、いきます!」って言って、生徒の全校応援バス、15台ぐらいある中の1台に乗せてもらいました。
谷
それはなかなかできない体験ですよね。
梅津
そう、バスの中で生徒たちが何をやってるのか、なんて見る機会ないですよね。甲子園に着いてから、試合が始まるまでの時間とか、いつ楽器を用意して、甲子園の外周に並んで、いつのタイミングでアルプススタンドに入ってとかも。いつか本にできるかもと思ってたから、何でもメモしてました。
中野
取材力と趣味が重なってすごいことになってますね。
梅津
趣味だから、書いても別に載るところがないので、自分のブログに書きました。「近江高校密着レポート」って。でも、そのブログもどこかの雑誌に寄稿できるぐらい、力を入れたブログです。
谷
でもそういったブログが、書籍や映画監修にもつながっていく。
梅津
そう『青空エール』も、今まで甲子園にいってきた経験が全部活きてます。野球応援のシーンの曲のセレクトも私がやってるんですよ。
谷
監修できるほど、ってすごいですね。
梅津
掛け声のかけ方とか、主演の土屋太鳳ちゃんがトランペットで吹く曲を何にするかとかも監修しました。趣味と実益がごちゃまぜです。
谷
趣味と実益。
梅津
完全に自分が好きなことで、企画出したりtwitterでつぶやいたことが通ったりっていう本づくりなんです。私は。
中野
たしかに編集力と趣味がすごい合わさってる。
第8回(最終回)に続く…
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