『終電ごはん』という本をご存じでしょうか。
まるで文芸書のような、黒い装丁に柔らかい文字。
簡単でおいしそう。そんなレシピが載ったこの本を執筆されたのが、梅津有希子さんです。今回は最終回です!
谷
ブラバン専門家っていうのは、梅津さんがつくった名前ですか?
梅津
正確には「高校野球ブラバン応援研究家」と名乗ってるんです。
谷
応援研究家。
梅津
同じ野球応援でも、大学やプロ野球、社会人野球の応援はそれぞれ違いますし、全部を追えているわけではないので、肩書きは高校野球に絞っています。吹奏楽研究家というのも世の中にいますし、誰ともかぶらず、かつ一発で何者かがわかる肩書きにしようと思いました。一応ググッて「よし、誰も名乗ってないな」とか。
谷
ググッたんですね! たしかに、肩書きって難しい……。
梅津
たとえば「ファイナンシャルプランナー」「野菜ソムリエ」とか、名称が決まっている資格ならいいんですけど、たまに、「なんとかライフオーガナイザー」とか謎のカタカナの肩書きあるじゃないですか。何だろうオーガナイザーって。
谷
何をオーガナイズしているのかと。
梅津
その市場が飽和状態のときって、人とかぶらない肩書きをつけたいのはわかるんですけどね。私は飽和してない業界にしかいないので。
谷
『だし生活、始めました。』(祥伝社)では、「だし愛好家」という肩書きになってますよね。
梅津
そうなんです。この本を出してから、だしの取材をいろいろ受けるわけですよ。でもそのときに私の肩書きが「編集者、ライター」だったら何の説得力もないじゃないですか。かといってメディアに出るときや記事を書いてもらうときに「『だし生活、始めました。』を書いたライターの梅津さんによると」だと説明が長いから、一発でわかるように何かなきゃダメだと思って「だし愛好家」とつけたんです。
谷
なるほど。すごく奥ゆかしい肩書きですよね。愛好しているだけだよ、っていう。
梅津
「だし」とか「うまみ」を研究してる人はたくさんいるので「だし研究家」とは恐れ多すぎてとても名乗れません。でも、「愛好家」だったら文句いわれないだろうと思って。その肩書きだけで「何か、だしをやってる人なんだな」ってことは、わかるじゃないですか。
中野
いったもん勝ちみたいな。
梅津
だしの専門家ではなく、「だしが大好きな主婦です」という立ち位置です(笑)。ただ、ブラバン応援のほうは、もう研究と言っていいくらい取材と調査を重ねているので、研究家と名乗っています。
梅津
私の本をみてくれた編集の方から、ありがたいことに「一度ぜひお会いしたい」といわれることもあるんですけど、私に何を発注していいか、みなさんわからないんですよね。自分と仕事がしたいと思っていただけるのは大変光栄なんですけど、「何を書いてもらえばいいのかわからない」というのは、私も編集者なのでわかります。「この人いったい何者なんだろう」って(笑)。
谷
それはもう、梅津さんが発信していることを見てるしかない、ってことですね。
梅津
それか、「こんな記事や本が書きたい」と思ったら、自分で企画を持ち込みます。
米玉利
すごい勉強になりました。私は撮るものが決まってないんですが、だいたいカメラマンさんって「自分はこれを撮る」っていうのが決まってるんです。でも私はなくて、全部好きで全部やりたいって思ってたから、全部撮ってたんです。今の話を聞いて、全然いいんだと思って。
梅津
そう思いますよ。私も女性誌が長かったんですけど、ライターもすごくジャンルが分かれてますよね。ファッション、美容、健康、カルチャー、グルメ……。
谷
それぞれの専門ジャンルがある感じですよね。
梅津
そう、それぞれの人たちが、すごい情報量や人脈を持ってます。私は完全に「その他」で、「何でもライター」枠だったんですけど、化粧品や食ジャンルも好きだったりして。でも、雑誌では自分の好きなコスメや食べものを紹介できるページなんてないわけです。だから、2011年くらいに自分の公式サイトをつくったんです。
谷
発表する場を自分でつくったわけですね。
梅津
そうなんです。そのために、自分のメディアをつくれば、専門ジャンル以外のことも何でも好きに発信できるなと思って。企画会議にプランを出したところで通らないようなネタも、自分の好きに勝手に書けると思って。そこからなんです。
谷
そっか、それって、「本日、校了!」を立ち上げた理由にも通じるものがあるかも。
梅津
ですよね。自分のブログやサイトだったら、自分の好きなものを好きに書ける。雑誌のライターだったからこその視点、気づきだったのかなと思います。それぐらい雑誌だと細かく担当ジャンルが分かれてるから。
米玉利
ですよね。これからは、梅津スタイルだな。
梅津
やりたいことは何でもやったっていいじゃんって思うんです。一人の人間だから。
米玉利
一人の人間。
梅津
今、若い子がtwitterのアカウントを分けるっていうじゃないですか。「裏アカで5個ぐらい使い分ける」とか。私も最初迷ったんです。ブラバン甲子園、猫の人、食の人とみんなバラバラだから。でもtwitterのフォロワーさんに「それ全部ひっくるめて梅津さんだから、いいんじゃないですか」っていわれて。
谷
フォロワーさん、いいこと言うなあ。
梅津
ですよね。一人の人間だから、いろんなことに興味もってあたりまえだし、分ける必要ない、専門化する必要ないと思って、全部ぐちゃぐちゃにやってるんです。いろんな顔があって、別にいいのかなって。
中野
めっちゃためになりました。フリーランスの人にもぜひ読んでいただきたいかも。
梅津
総合誌のライターで長いこと生き残れる人って、専門ジャンルを持ってる人でもほんの一握りだと思います。ファッションライター、美容ライター、時計、車。中でも、美容や車、時計っていうのは広告が大きな業界ということと、記事を書くにも専門知識やメーカー、ブランドとの人脈が必須です。雑誌は広告ありきの媒体なので、特に総合誌の場合は、広告の出稿が見込めるジャンルのライターじゃないと、長いこと雑誌の仕事は続かないと思うんです。
米玉利
特殊ですよね。
梅津
私みたいな何でもライターは、誰でもできるし人数も多いので、いずれ若い人に取って代わられるんです。だから、何でも書くけど、自分だから書けるものや、何か強みがないと難しいんだろうなっていうことをフリーになりたての29歳のときから思っていました。だから興味のあるものを何でもいろいろやっといて、好きなものをみつけていってもいいのかなって思ったんです。
谷
たしかにそのほうが楽しいなあ。なんか軽い気持ちになれた気がします。
梅津
そうですか? それならよかったです(笑)
レシピ本の話から、まさかの「働き方」の話にまで発展した今回のインタビュー。
「好きなものがたくさんあって、全然ジャンルが違っても、全部追ったらいいじゃない」というスタンスは、勇気であり、希望でした。
私も、「こういう本欲しいなー」という気持ちから本を作ることが多いので、結果的にジャンルがバラバラになってしまいます。でも、そこで無理に統一しようとせず、「おもしろそう」を優先しちゃえ! というのは、なんて自由で楽しいのでしょう。軽やかでパワフルで、人を元気にしてくれる。そんな素敵な梅津さんにお話を聞けて、メンバー一同、「楽しかった!!!」と帰路につきました。
取材させていただいたのは寒い冬の日でしたが、体温が1℃くらい上がったような気さえするのでした。
この記事を書いた人
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