【ヒットメーカーに会ってみた!】加藤晴之さん 第7回 「編集者が思った通りできたものって、それ以上伸びないよね」

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第10回 本屋大賞にも選ばれ、2016年には岡田准一さん主演で映画化もされた小説『海賊とよばれた男』。ハードカバー、文庫あわせ420万部という大ヒット作を手掛けたのが、編集者の加藤晴之さんです。

ついに、インタビュー最終回! 第7回目の名言は、「見えてなかった景色が見えたときのほうが、当たりますよね」。そして、いま手がけているという、謎の「サメの本」の話……! どこまでもチャレンジングな加藤さんの好奇心のゆくえについて。

池田

加藤さんは、新しいことをすることに抵抗がないというか、新しいことをすぐにキャッチして、即実行しておられますよね。いつもすごいなーと思ってるんですけど、それってどうしてできるんですか。

加藤

僕の意識としては「へえ、そうなんだ」ってぐらいで、『海賊』も小説の題材に選んだのは百田さんで、僕はこれは面白いって、とびついて調べ始めただけです。『海賊』は1953年に起きたけれどすっかり忘れ去られていた話を発掘したわけですね。そういうところに注目して、深掘りして作品にしていくという、嗅覚とセンス、そこが勝負の分かれ目なんでしょうね。

池田

作家の嗅覚。

加藤

やっぱり、すごい人はかぎわけるというか、作家のひらめきだと思うんですよね。日章丸事件はすごいおもしろい事件だなと思ったけど、まさか、小説が、一人の男のビルドゥングスロマン(成長物語)になるとは思ってないわけですよね。最初の発想で違うわけだから。それこそトレーナー(編集者)がリングに上がってたって勝てないじゃない。ボコボコにされちゃうでしょ。そこはやっぱり、リングに上がって勝負するボクサー(作家)としての強さ。

中野

ひらめき。

加藤

……が重要だと思うんです。トレーナー(編集者)はいってみれば、ボクサーに毎回、次のタイトルマッチのリングに上がってくれって、つまり新しいものをつくってくれって頼むわけですよね。強いボクサーほど、ボクサーの新しい提案には毎回、戸惑うんです。「何、考えてんの?」って思うわけ。

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加藤

わかるでしょ。まったくとんでもないところから球がとんでくるというか、びっくりする発想なんで、こっちのアタマというか、想像が追い付かないというか、正直「そんなのウケるかな?」って思うんですよ。既存の価値観の側にいるからね。新しいものが見えてる人と見えてない人の違いというのか。それにどう寄り添うかが勝負じゃないですかね。次にこういうものがくるんだっていわれても、わからないじゃない。

わかんないですよね。

加藤

たとえば、北さんの『白洲次郎 占領を背負った男』なんかそうだから。チャラい印象の人物だけど、有名だし、じゃあまずは書いてもらおうじゃないかと……みたいな感じですよね。上がってきたものをみると「これはおもしろい」って思うわけでしょ。今までにない物語が生まれてくるっていうか、あなたはそこを見てたのか! っていうようないい意味での裏切り。そこが、あるかないかじゃないですかね。

そこに純粋にのっかっていくというか。信じるみたいな。

加藤

今から思うと、見えてなかった景色が見えたときのほうが当たりますよね。

中野

なるほど。

加藤

編集者が思った通りできたものって、それ以上伸びないよね。

ああ、今の言葉で景色が開けた感じがする。

加藤

でも、言ってるだけで、実践はともなわない。僕は、つくるたびに、編集者としてのダメなとこにぶつかるんですよね、バカじゃないかなって。ベンチャーに投資するのと同じで、わからないものに、抵抗があるというか、人間、基本は保守的なんだと思います。

ミライの授業』も、後世に残したい名著ですよね。社会派のイメージの加藤さんが、14歳の人たちの未来のために編集されたというのも素敵だなと思いました。

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加藤

『ミライの授業』は、「チーム武器」の柿内芳文さんが手がけた、羽賀翔一さんが漫画化して大ヒットしている、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』の平成版がキーコンセプトなんです。

あ、そういえば、巻末のところに書いてあった……。

加藤

『君たちはどう生きるか』は、盧溝橋事件が起きた1937年に刊行された本で、日本が戦争に傾斜していき若者に多難な時代が来ることを予期して、編集者で児童文学者の吉野が書いた本です。
瀧本さんと、2013年に刊行した『君に友だちはいらない』のキャラバンで、書店さんや、地方の放送局まわりをしているときに町の様子を見ていて、次回の本はこれだと決めたんです。これからの日本は非連続的な変化を迎えるだろう、たとえば自動車産業で起きている、フォードが大量生産システムで自動車を作り始めて、移動手段が馬車から車に変わったのと同じくらいの劇的な変化、百年に一度のパラダイムシフト。化石燃料のエンジンから、EV、自動運転や、カーシェアリングとか。そんな劇的変化が、日本の産業構造から社会構造全体でおきるだろうと。そのとき、労働分配の薄いいまの若い人、さらにはこれから社会人になる人はたいへんだ、だから、なにものでもないけどなにものにもなれる14歳に向けて、将来に立ち向かうための武器を配ろう、と。『ミライの授業』をよーく読んでいただくと『君たちはどう生きるのか』がモチーフになっているのがわかると思います。この秋に、大阪の四天王寺中学校(女子校)や、盛岡の岩手県でいちばん大きい公立の滝沢南中学校で、ミライの授業をおこなったんですけど、瀧本さん、久しぶりの生授業に手ごたえを感じてました。

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最後に、加藤さんは講談社を定年退職されて、現在は加藤企画編集事務所を設立されましたよね。それで、今、サメの本をお作りになってるっていう噂を聞いたんですけど。

加藤

サメ、わかんねえんだよな。構想3年制作3年とか黒澤作品みたいになってるし。

サメ、そんなに長いんですか。どんな本になりそうなんですか?

加藤

「シャークジャーナリスト」の沼口麻子さんって人と、たまたま朝の勉強会で会って。全然知らないサメの話をニコニコして喋るからこれおもしろいなって。彼女のことが面白いと思ったのは「崖っぷち感」なんですよね。自分の最も好きなものがサメだからっていって、サメで身を立てようと思ったという……。シャークジャーナリストって世界中でたぶん彼女ひとりだろうし。

中野

サメで身を立てる。

加藤

そう、サメで身を立てる。だから、最初は自己啓発系の本としてまとまるのかなと思ったんですね。そうしたら、柿内さんとか古賀さん(バトンズの古賀史健さん、『嫌われる勇気』の著者)とかに相談したら、彼等が提案したのは新潮文庫に『へんないきもの』(原本はバジリコ)ってあるじゃない。あれみたいな本がいいんじゃないのって。するどいですよね。だっていま『ざんねんないきもの事典』とか『せつない動物図鑑』って大当たりしてるじゃない。
最初は、ブックライターを立てる必要があるかな、と思ったら、沼口さん本人がすごく書けるんですよ。本人が書けるから、自分で体験したサメのあれこれを『現代ビジネス』で書いてもらって。たとえば、気仙沼にあるジンベイザメのお墓の話、とか、スコットランドの沖合の島でウバザメ(巨大ザメ)を追いかけて死にかけた話とか、深海ザメ専門の漁師さんの話とか。あと、一杯4万5000円のフカヒレラーメン。あ、知ってますか? 日本って、けっこうサメ肉食べる文化ってあるんだよ。

中野

食べますね。

加藤

知ってる?

食べたことある?

中野

あるある。

加藤

どこ出身?

中野

愛媛県松山市です。たしかに松山市はサメが出るから。

加藤

サメって新潟県の上越市はおせち料理なのよ。知らないでしょ。日本はサメ文化大国。サメというし、フカともいうし、ワニともいう。日本って昔からサメ食べてるんです。サメって、軟骨魚類で浮き袋がないでしょ。浮力は肝臓にある肝油と、尿素をふくんで保っているらしい。よくアンモニア臭いっていうけど、サメ肉の温度管理を失敗すると尿素がアンモニアになって臭くなっちゃう。ちゃんと管理して処理してればすごいおいしい白身魚なんです。築地の主役って昔からマグロだと思ってるでしょ。昭和30年代の築地の主役はサメだったらしいよ。

サメが築地の主役! しかしサメだけでこんなに話があるんだ。おもしろいですね。

加藤

でしょ。そういう話。サメって4億年前から地球に生息していて、500種ぐらいいるんだよ。深海ザメのカグラザメから、20㎝にもみたないツラナガコビトザメ、クッキーカッターシャーク(日本名ダルマザメ)という、マリオブラザーズのゲームに出てくる「キラー」というキャラそっくりの、このサメは捕食がユニーク。缶切りみたいな口と歯の構造をしていて、マグロとかメカジキとかの大きい魚に、キスをするみたいにくっつくと。身体をくるりと回して、大きな魚の肉を丸くえぐりとるの。このサメがエライのは、捕食しても傷つけるだけで、殺さないってことなんです。つまり共生するんですよ。でもそんな話興味あります?

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中野

おもしろそう。

加藤

で、もう、こうなったら徹底的に、これまでにないサメ図鑑つくろうってなって。デザインを頼んでる寄藤文平さんもノッてきちゃって。この本作ってて気が付いたのは、世の中じつは隠れサメ好きが多いんです。ほら、テレビコマーシャルでサメラブみたいな女性がでてくるでしょ。じつは、寄藤さんもそうだったんです! もう装幀だけじゃなくて。図鑑の絵をマジ真剣に書いてくれていて。『カラスの教科書』って知ってる? あれのサメ版みたいな感じってところもあるかな。

中野

あれ、おもしろいですよね。

加藤

カラスの本も根強い人気があってジワジワ売れてるんだよね。あとバッタの本とか、ちょっと前だけど、クマムシの本とか。

中野

でも、たしかに特集とかで書店でも並んでたりするから、書店員さんで好きな人が多いんですね。きっと。

加藤

でも正直、つくりはじめたものの、はっきりいって、わかんないですよ、僕の想像力では。ひょっとしたらすごい本なのかも、なんですけど。なんせ、図鑑ですから。いま寄藤さんも巻き込んで「チームサメ図鑑」をつくって取り組んでるんです。
料理の本ってつくるじゃない、ああいうのどうやってつくるか聞きたいぐらい。図鑑のつくり方を。ねえ、みなさん、どうやって本つくってるの?

この取材のあと、駒込の老舗喫茶店で、加藤さんにおいしいケーキとコーヒーをごちそうになりました。加藤さんは、身を乗り出して「実用書って、みんなどうやってつくってるの?」と、われわれのような若輩者の話を聞いてくださいました。
こんなに実績もあって、知識も豊富で、あんなに怖い顔(失礼)なのに、なぜそうも謙虚なのか。
それはきっと加藤さんが、人間に対して「敬意」を払って生きているからなんじゃないだろうか。大前提としての、基本的な敬意。
それが、加藤さんのつくる「本の人柄」になっている気がしました。

「一人アウトレイジ」の正体は、チャーミングでめちゃくちゃかっこいい60代でした。

この記事を書いた人

谷綾子
編集者
滋賀県出身。「椅子なきところに椅子を置く」をテーマに、料理、児童書、文芸など、いろいろなジャンルを手がけています。たのしくて情緒のある本と、お笑いが好き。アルパカも好き。

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