連載「ヒットメーカーに会ってみた!」
記念すべき第1回目のゲストは、編集者の黒川精一さん。
2013年に『医者に殺されない47の心得』
2014年に『長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい』で
2年連続のミリオンセラーを出され、2016年にも
『どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法』が
ミリオンセラーとなっている、生きる伝説の編集者、黒川精一さんにお話を聞きに行きました。——ここからは、制作秘話——
いちばんはじめに、このインタビューを申し込んだときにいただいたお返事は、
「やるなら本気のものを。長時間、徹底的にやってほしい」というひと言でした。ふだんはこういうインタビューはほとんど受けないという黒川さんの「決定版」のインタビューにするべく、ICレコーダーだけを握りしめて、単身、丸腰で乗り込みました。
数時間におよぶインタビューの結果、「これ、みんなに知らせずに、ひとりじめしたい……」と、本気で思うくらいの記事ができました!
黒川さんが公の場ではじめて明かす話がいっぱい。すごすぎて、8回のスペシャル連載です。
どうぞご覧ください。
第1回「一生懸命につくった本が売れない」っていう事態を減らす方法を教えてください!
第2回「市場にない、売れる本」をつくるためにはどうすればいいか?
第3回「自分がおもしろいと思っているものをつくると売れるのか問題」
第4回「本づくりをはじめる前に、かならず満たしておくべきこと」
第5回「カバーをつくるときの、6つのチェックポイント」
第6回「原稿づくりの方法」って?
第7回「編集ができるようになるトレーニング」ってありますか?
第8回「本を売り伸ばすための、PR」について教えてください!
池田
部下として何度か、黒川さんと一緒にいちから仕事をさせていただいたんですが、黒川さんの本づくりって、「この段階で、ここまで考えているのか!」の連続だったんです。
ひとつずつお聞きすることで発見があるように思うので、黒川さんが本をつくる「前」に、いったいどんなことをやっているかを、全部教えていただけますか?
黒川
全部ね(笑)
池田
はい、全部です!(笑)
黒川
流れかあ。うーんと、まず、企画を立てる。
企画は、けっこう「人ありき」なんです。
池田
えっ、人ありきなんですか?
ここまでのお話を聞いていて、完全に「企画ありき」なのかと思いました。
黒川
「この人と何をやるか?」ってことを、考えている時間が長いかもしれないな。
池田
まず、「人」はどこで見つけるんですか?
黒川
紹介していただくことが多いです。
自分の信頼している人が、「この人、すごくおもしろいよ」って紹介してくださる。
基本的にはこれを一番信用しています。とにかく会ってみます。
池田
お会いするとき、どんなことを気にしていますか?
黒川
最初は「この人は何の専門家なのか?」ってことです。
ただし、「肩書き=専門」だとは、思わないほうがいいと思っています。
池田
どういうことですか?
黒川
たとえば、心理学者の方にお会いしたとするでしょ。
心理学者は、人間の心理を研究するのが専門だから「心理本」をつくろうとしがちだけど、心理学を使って「マーケティング」のことを語ってもらったほうがいいかもしれないし、「女性の口説き方」のほうがいい場合だってある。
だから、肩書きを生かしつつ、「何を語ってもらうと、いちばん生きるのか?」ってことを見ていきます。
池田
うわー、そうなんですか。
黒川
でもね、1回会ったくらいで、すぐに企画が浮かぶことなんて、ほとんどないんです。そこからとにかく時間をかけて話し合いながら、その人のどこにフォーカスするかを見つけていきます。1年以上かかる場合もあるよ。
池田
1年ですか! 著者さんも根気強いというか……。
でも、せっかく時間をかけて本を書いていただくなら、考えつく限り最高の状態で出してほしいですもんね。
黒川
うん、しかも、著者さんがイメージしていたものとは、違う内容をご提案することもあります。
だから最初に著者さんには話をするんです。
「すぐ本になるかもしれないし、すごく時間かかるかもしれない。とにかく『見つかった』とならないと本にできないんです」と。
池田
その「見つかった」っていうのは、何を見つけるんですか?
黒川
「プランC」を持っているか、っていうことです。
池田
え? プランC?
黒川
たとえば、「料理がうまくならない」っていう悩みがあったとするでしょ。
これに対して、「仕込みから丁寧にやって時間をかければきちんとした料理がつくれますよ」っていうプランAと、「ぱぱっと作れてそこそこおいしくなる方法教えますよ」っていうプランBがあったとする。池田さんは、どっちがいい?
池田
うーん、Aを選ぶ素敵な女性でありたいですけど……、実際はまったく時間がないのでBの「ぱぱっと」を選ぶかなあ。でも、「そこそこ」のレベルによるかなあ……
黒川
うんうん。
あのね、多くの人は、100%納得してその商品を選んでるというよりは、「小さな妥協」をしながら選んでいるんだと思うんです。つまり、さっきのプランAとBは、どっちにも弱点がある。
池田
Aのほうには「時間がかかる」、Bのほうには「そこそこしかおいしくない」っていう弱点ですね。
黒川
そうです。っていうことは、これをどっちも解決する「プランC」が提供できれば最高の商品になるでしょ。
池田
あー、そうか!「短時間で、すごくおいしい」にすればいいんですね!
黒川
うん、なんなら「短時間だからこそ、すごくおいしい」にするの。
たいていのことって、プランAとBはすでにあるんですよ。持ち家か賃貸か、貯蓄か投資か、長時間労働かワークライフバランスか、多機能か一点突破か、食事か運動か……。
どっちにも利があり、弱点もある。でも、今さらAかBかどちらかの本をつくってもおもしろくないでしょ。みんなが思いもしなかった「プランC」を提案して、「おお、その手があったか!」って言ってもらえるような本をつくりたいんです。
池田
なるほど。「プランC」の正体は「その手があったか!」なんですね!
黒川
そうです。すでに言われている常識とはちがう、新しいアイデアを提案する。これができれば、世の中がすこしだけいい方向にいくような気がするんです。
池田
そうかあ。
黒川さんのやり方って、人の持っている、ちょっとした不都合をみつけて、さらに「うれしい」っていう気持ちをくっつけて解決する、みたいなことなんでしょうか……。
あっ、今思い出したんですけど、黒川さんが、うちの会社に転職してこられてすぐに「コピー機はこの位置でいいの?」って私に聞いたの覚えてます?
黒川
ぜんぜん、覚えてない。
池田
「コピーが端っこにあるから、遠い席の人が何度も何度も往復しているから、気になって。もっといい位置があるよね」というようなことをおっしゃってて、よく見てるなあと思ったんです。
黒川さんはいっつも、人の「ちょっとした不都合」を探して生きてらっしゃるんですね。
黒川
ああ、言われてみれば、そうかもしれないな。
不都合を解決するアイデア商品とか、大好きなんだよね。
池田
つまり、アイデア商品を、「本」というかたちにしてやっているだけなのか……!
なんだかすごく腑に落ちました。
それで、著者さんが「プランC」をもっているかどうかは、どうやって聞きだしていくんですか?
黒川
とにかく、著者にいろいろな常識をぶつけてみるの。
池田
常識、ですか?
黒川
うん、世間でよく言われていることについて、質問していくの。
「退職してから3千万は必要だと言われてますけどほんとうですか?」とか。
「ほんとうに、将来のために貯蓄しなくちゃいけないんですか?」とか。
すごい著者さんって、やっぱりそこを裏切ってくるんですよ。いい意味で。
池田
でも、質問に対して、ぜんぶを裏切れる著者さんなんているんですか?
黒川
いや、それはいないですよ。むしろぜんぶ裏切ってきたらあやしいでしょ(笑)
池田
あ、そっか(笑)
黒川
かりに投げかけた常識が10個あったとして、著者さんがたったひとつだけでも裏切ってくれればいいんですよ。それこそが、その著者の「プランC」になるかもしれないし、本のど真ん中にすえる主張として浮き立たせることができるかもしれない。
池田
そうかあ、ひとつでいいのかあ。でも、そんなふうにどんどん質問をぶつけられる著者さんからすれば、「そんなこと、黒川さんに聞かれて初めて考えました」ってことも多いんじゃないですか?
黒川
そうかもしれないです。
著者さんは、自分の考え方やノウハウを一般化するところまでメソッド化してないケースも多いので、一緒にそれをつくりあげていくことも編集者の仕事だと思います。
何か月もかけて「プランC」をさがして、メソッドと、仮タイトルがはっきりした段階で、執筆に入る、という流れです。
池田
執筆までに、膨大な時間がかかっていますね……?
黒川
どんなに短くても半年はかかるかな。
池田
うわあ……私は、すでに著者さんがおっしゃっていることとか、すでにやっている活動を本にすることが多かったです。
まだメソッドにもなっていないことをつくりあげる、というのは考えたこともなかった……。
黒川
著者のいいところを見つけ出す前に、「本をつくろう」としちゃうんだよね。
池田
ひいいいい……それ、ものすごく耳が痛いです。
編集者になって、数年たって慣れてくると、「本がつくれるかどうか」で判断してしまうんですよね。
それがおもしろいとか、好きとかって考える前に、「本になるだろうか?」という問いばかり立ててしまって……
黒川
それだと、おもしろい本にはならない気がするの。
池田
おもしろい本をつくりたかったら、本をつくろうとしないで、なにをつくろうとすればいいんですか?
黒川
「うれしい」です。
池田
!!!!
(驚きすぎて声が出ない)
黒川
「うれしい」を本の形にするの。「プランC」って、つまり「うれしい」を形にするってことなんですよ。だから、うれしくないなあと思ったら、まだそこでゴーサインを出しちゃいけない。
著者さんの言っていることは、「正しいけど、うれしくない」ってケースがあるでしょ。
池田
私はこれまで、それに気づかずに、「これが正しいんです!」っていう、おしつけがましい本のつくり方をしていた気がします…!
黒川
なにも著者さんの言うことに反発しろ、っていう話ではないんです。
著者さんってたいてい一流の人でしょ。だから「知っている」ことと「やっている」ことは、似ているようでまったくちがう、と思っているの。
よく本のレビューで「知っていることばかりだった」っていう批判があるでしょ。書き手からすると「知ってるかもしれないけど、やってます?」って思うわけです。
やれてこそ、一流だよ、と。
池田
はい……。
黒川
それはね、その通りなんですよ。
でも、だからと言って読者のひとりひとりに「でも、やってないでしょ?」なんて言ってまわるわけにはいかないんです。
著者であれば、読者がやる気になるような「プランC」を提供しないといけない。
それを考えるときに大切なのが「これはうれしいか」ってことなんです。
池田
なるほど〜。「これはうれしいか?」って、これから何度も自分に聞こうと思います。
黒川
それだけできっと、本づくりががらりと変わると思いますよ。
めざすのは「正しくて、うれしい」です。
池田
「正しくて、うれしい」……!
その言葉、腕にいれずみしようかな……
黒川
なんでだよ!(笑)
池田
忘れないようにです(笑)
えーと、これで全部ですか? まだ隠していることはありませんか?
黒川
あ、そうだ。全部かと言われれば、執筆前にプロモーションのことも考えておきますよ。
池田
あっ、やっぱり隠してましたね!
執筆の前に、プロモーションを考えるんですか?
黒川
べつに、隠してないよ!(笑)
うん、企画の方向性を決める段階で、プロモーションや広告の要素をきちっとしみ込ませておかないとあとあと困ることになるんです。
著者さんが話している内容をテレビの人が映像にしやすいかどうか、みたいなことです。
池田
黒川さんはよく「画が撮れないとテレビでは紹介してもらえない」って言ってますよね。
黒川
たとえば「体が温まる」という内容があったとしたら、本当に温まるかどうかを実験して、その結果やデータを原稿に入れてもらわないといけない。
あとあとテレビのプロモーションの段階で、必ずそういう絵を求められるから。
だからまず、本に実験結果を入れるために、サーモグラフィーの機材を著者さんがもっているかどうか、という話になるでしょ。
なければどこかで借りるのか、別の研究機関にいくのか、被験者はどこで探すか、みたいなことを考える必要がある。
そういうことを全部整理して、必要ならば探してもらうようにお願いしたうえで、執筆に入るようにしてもらいます。
池田
そんなことまで、本づくりの前に考えているんですか……
黒川
執筆してる時間より、その前の時間のほうが圧倒的に長いっていうのが、ぼくのやり方の特徴かなあと思います。
この記事を書いた人
RANKING